第2話 教授

 ジャパリパーク・サファリ敷地内の平地には、ただ地面を平らにしただけの即席の滑走路が作られていた。

 上空から音が聞こえたかと思うと、そこに四発のプロペラエンジンを轟かせながらニッポニア共和国空軍の大型輸送機 ‘ヘラクレス’ が砂塵を巻き上げながら降りたった。本機の任務はジャパリ島への物資輸送が主だったが、今回は共和国が主導するサンドスター研究グループの先遣隊も乗せていた。


 簡易な外観の空港建物のそばに停止した輸送機から荷物を抱えて出てきたのは、地質学を専門とするヒダカ教授とその助手のミヤタケ研究員だけだった。

「ヒダカ教授、まさか私たち二人だけなんてことは無いですよね?」

「まさか、そんなわけない。まあ、政府が主導することなんてこんなもんさ。じきに人が集まってくるはずだ。それも世界から」

「島内には既に民間の研究グループと合衆国の研究機関によるグループも活動が始めているらしいですね」

 ジャパリ島に研究者の立ち入りが許可された時、始めにやってきたのはニッポニア共和国の民間研究グループだった。その次にやってきたのは共和国の同盟国である合衆国が主導するグループだった。


「なんだか乗っているだけで疲れたよ」

 ヒダカ教授はエンジンが止まった輸送機の荷降ろし作業を眺めながらぼそりといった。

 するとそこに「空の旅はいかがでしたか?」と輸送機のパイロットと思しき人が声をかけてきた。

「もしかして、今の言葉を聞かれてしまいましたか?」

 教授は少し申し訳なさそうに言った。

「いえ、気にしませんよ。それにこれは、旅客機じゃなくて輸送機ですから」

「確かにそうですね」

 ミヤタケ研究員も言った。

「それはそうと、私は生物・自然環境研究所のヒダカです。こちらは助手のミヤタケ」

「こちらこそ、私はこの輸送機のパイロットをしているイワモト少尉です。いずれにしても、学者の方とあってもあなた方はVIP待遇ですよ」

「そうですか?」

 教授は不思議そうに訊き返した。

「ええ、今のところ緊急事態を除いて、この島へ飛行機を利用しての人の出入りは禁止されていますから」

 その回答に教授は納得したようだった。


 ジャパリ島は本土から遠い所に位置しており、主な交通手段は船舶だけだった。しかも往復で一日近くも掛かるのだった。そして島は丸ごとジャパリパークとして利用されるため、空港の建設は原則として禁止されていたのだ。ただ、今回のフレンズ騒動により、人の往来が激しくなった。港は小規模なものしかない状態で、物資補給がネックとなった。そのため、本格的な滑走路が無く短距離でも離着陸が可能な軍用機による物資輸送だけは許可されたのだった。


 輸送機から多くの物資が降ろされるなか、一台のジープが出てきた。車体の側面には生物・自然環境研究所の文字が入れられていた。それはヒダカ教授がパーク内での足とするために用意したものだった。ヒダカ教授はミヤタケ研究員にジープのキーを渡した。

「それにしても教授、思っていたより人が大勢いますね」

 ミヤタケ研究員はジープに乗ると言った。たしかに、滑走路横にある建物(小さいながら管制塔もある)はそこそこの大きさであり、周辺には車やトラックが停まっていた。そして輸送機の周りは荷降ろし作業や、貨物を取りに来る人たちで騒がしかった。

「まあ、超巨大総合動物園ジャパリパークとして開園を間近に控えた上に、このフレンズ騒ぎだからな。職員や作業員、その上パークの研究グループに加えて、合衆国の研究機関、そして我々だ。助手、賑やかなのは苦手かい?」

「いえ、もうちょっと静かなところを想像してました」

「なにを思うかは人それぞれだな。そう言えば合衆国のグループは海洋調査の専用船まで持ち出した上、ヘリまで飛ばしているという噂だ。国力の差というか、やることが一味違うね」

「ですが、そこは本質じゃありませんよね」

「当然だ。我々の場合は他国からも研究者を呼び込み国際的な共同研究をする」


 それにしてもジャパリパーク内でのフレンズ騒動が起きていたとき、島の異変に気がつく人はごくわずかであった。僅かながらであるが、小さな島の中で幾つもの気候が現れ始めていたのであった。ある所はサバンナ、またある所はジャングルといったように、同じ島の中で極端な気候の違いが現れ始めていたのだ。それはあまりにも緩慢な変化であったために発見は後になってからであった。

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