phil2014年06月17日

 あの蒸し暑い森を私たちは決して忘れる事は出来ないだろう。

 新国家建国の際、私達の部隊だけが指揮の混乱もなく、自由に動く事が出来た。


 私達は、家族を、友人を、恋人を護る為に銃を取り、化け物ラーデミン達と戦った。

 奴らが数多く潜む山間部への出撃は当然の事であった。


 初めのうちは高かった士気も、瞬く間に下がっていくのが肌で感じられた。……いや、士気が下がったのではない。あの森で私たちは誰もが正気を失ったのだ。

 軍人である以上、それが銃によるものであれナイフでよるものであれ、或いはウェールフープによるものであれ、死ぬ覚悟は出来ていたはずだった。


 だが、ケモノにはらわたを貪られる覚悟なんて誰がしていただろうか?生きたまま蟲の餌になる覚悟なんていつしたのだろうか?


 葉が擦れる音、枯れ木が落ちる音。或いは友の吐息、友軍の足音。私たちはあらゆるものに怯えていた。姿の見えない、それでいてすぐそこにあるはずの脅威に対して、人間はなんと無力だったか。


 あぁ。あの人はなんて勇敢で無謀だったのか。


 戻って来ない彼らを探して、私と貴方は森を彷徨い続けた。


 彼の痕跡を見つけた時、あの時の喜びは今でも忘れる事は出来ない。あの時、あの時あの切れ端さえ見つけなければよかったのだ。私が、私がもう少し愚鈍でさえあれば、あんな事にはならなかったのだ。


「間に合ってくれて、よかったよ」


 あの人は、崩れかけた顔で私たちに微笑んだ。身動きするたびにその身体は崩れ、しかし血は殆ど流れなかった。


「頼む、よ。このまま終わるのは、さすがに、辛い。だからせめて」

「莫迦を言うな!連れて帰るぞ!」

 あの人の言葉に貴方はそう言って激昂していた。でも私は、私は耐えられなかった。

 あの人の身体の中で、不気味に動き回る奴の姿は、もう殆ど外へ出ようとしていた。

「そうさ。そのまま……外すなよ。まぁ、お前なら大丈夫か」

「おい!巫山戯るな!巫山戯るなよ■■!」

 貴方が私を止めるより、私の指の方が早かった。


「……貴様、貴様が……巫山戯るな…貴様如きが!貴様如きがこいつに!」

 貴方に、こうされる事が分かっていても、私はあの人のあんな姿を見る事が耐えれなかった。

 声にならない声で貴方は私を打ち据える。あぁ、このまま私も死ねばよかった。






「大丈夫か?」


 懐かしい、ひどく懐かしい夢を見た。


「随分と魘されていたようだが」

「心配は無用だ。状況は?」

「彼らは予定通り向かって来ている。おおよそ10分で交戦距離に入る。体調が優れないようなら下がっていてくれて構わん。」


「無用だ、と言ったはずだが?」


 応援に来たとは言うが、この男も、この男の上官も、私はどうにも気に食わない。

「……噂通り、きつい人だ。」

「卿は話に聞くより軽いようだな。」

「それはどうも、どんな話を聞いたのか知りたいな。………敵、第1ライン通過。作戦開始だ。」

「了解した。」


 私と男は森に入る。


 かつて多くの同胞を奪ったこの森こそが我が故郷。我が墓標。


 カマキリの仇名、とくと見せよう。

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