phil2014年05月03日pm23時48分

 ここは私の居場所じゃない。


 ただただ普通に、平凡だった。


 訳もわからず連れてこられ、言葉もわからなかった。誰かが助けに来てくれる。最初の2年はそう思っていた。親が、警察が、国が。


 でもそうじゃなかった。

 誰も助けてくれない。

 生きていくのを諦めていた。どうなっても良かった。


 正直な話、先生とどうやって会ったのか、私はよく覚えていない。

 ただ、気がついた時には私は先生の、皆んなの所にいた。皆んなはまるで兵隊のような格好をして規則正しい生活をして、何かを組み立てたり運んだりしていた。


「キミ、ガ、カエル、タスケル。」


 片言だったけど、それは随分と懐かしい言葉だった。


 そして、先生の言葉に嘘はなかった。先生は本当に私を帰してくれた。けれど。


「悪いやつがジャマを、スル。」


 帰れたのは短い時間だけだった。一体なんで、どうして邪魔されるの?


「分からない。でも、私たちは、悪いやつを倒す為に、戦っている。」


 テレビやビデオで戦争の映画を見た事がある。なんであんな怖い事が出来るのか、その時はわからなかったけど、今は少しわかる。


 それから、私は先生の手伝いをしてきた。

 何年経ったかは覚えていない。子供だった私も、もう大人になっている。言葉は全然わからないけど、先生がいるから不安はなかった。


「これを。」


 そして、今日。

「このケースをトンネルの向こうにいる味方に渡せばいいのね?」

「あぁ。これが届けば準備が整う。」

「……本当に帰れるの?」

「もちろん。このケースの中の装置が、彼らのウェールフープ波を妨害する事で、キミの元いた空間への」

「あー、パスパス。先生の話は難しいから。」

「それは仕方ない。……そろそろ時間だ。できるだけ急いでくれたまえ。」

「任せて。」


 トンネルの中は薄暗いし、複雑に入り組んでいる。その上、泥が纏わり付いて歩きづらかった。ナビを渡されているなら迷うことはないが、歩き難さはどうしよもない。

 少し歩いただけでも大分体力を消耗する。先生から渡された飲み薬を飲んで先に進む。何の薬なのかはわからない。でもこれを飲むと何時もより速く、長く動けるし、怪我をしてもあっという間に治ってしまう。何か危険なモノかとも思ったけれど、学校で習ったような依存症のようなものは出ていないし、そもそもココはよくわからない事が多いから深く考えないようにした。


 どれだけ歩いただろうか。先生から渡されたナビを信じるならそろそろ出口が近いはずなのだけれど。


 見えた。

「さて、どこに向かえばいいのかしら。」

 外に出ても、何か目印があるわけではなかった。辺り一面瓦礫の山。こんな所に本当に人がいるのだろうか。

「Kaao èxojna?」

 瓦礫の向こうで銃を構えた男が声をあげた。

「もう。なんて言ってるかわかんないの!」

「Kaao tèjnáa mamai?」

 男の着ている服には見覚えがある。

「なんだ、あんたが味方なの?言葉は、通じないわよね。先生から届けるように言われたケース、持ってきたわよ!」

 見えていないのか。私はケースを掲げて男に近寄ってやる。

「Ej, boñlájnu!」

「その物騒なもんを下ろしなさいよ、ったくどいつもこいつも。」

「Boñlájnu!」

「あぁ、もううるさいわね!ケースを!」





 その日、名もなき1人のテロリストが死んだ。


 彼女が幸運だったのは出会った兵士がきっちり眉間を撃ち抜いてくれてお陰で何も考えずに旅立ちが出来た事だろう。


 虚ろな瞳が最後に写したのは空のケースが転がる様だった。

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