phil2014年05月03日 pm21時47分

 薄暗い月明かりの下、瓦礫だらけの街が赤く燃えていた。


「くそ!くそが!どうなってやがる!」


 全景が一望できる高台の上で、黒装束の女性が佇んでいる。


「こっちもか!くそ!おい、どうなってるんだカマキリ!」


 女性が装着した通信機からは、先ほどから罵声ばかりが鳴り響いている。


「カマキリ!カマキリ聞こえているのか⁉︎敵は!敵はどこだ!」


 眼下で動き回る味方の戦車も残り1台。他の3両は擱座し煙を上げている。先ほどまであんなに騒がしかったのが、嘘のようだ。


「おい!応答しろ!なんとか言ったらどうだこのクソ女!」

「……前方に6両、後方に7両。完全に挟まれている。卿らに逃げ場はない。」

「ふざけるな!なんとかしろ!お前が仕事を放棄するからこんな事に……!」

「それは違うな。12分前に卿の方から黙れと指示があった。」

 通信機の向こうから形容し難い怒声が響いているが、カマキリは気にも留めない。


「そもそも、作戦前から何度も中止か、あるいは配員の見直しは要請していた。それを断行したのは卿らの決定だ。練度、機体の性能差、何より考えの甘さ。知っているか、卿らとの今までの会話は、全て共和国へ筒抜けだぞ。」

「なに⁈」

 動揺したような声を無視して、カマキリは畳み掛ける。

「先ほどから何度も撤退を進言している。聞き入れない卿らが少しでも長生きできるよう、出来る限りの手助けもした。」

「手助けだと⁉︎お前、お前が!お前のせいで2番機は!」


「その犠牲を自ら無駄にしたのは卿の判断だ。覚えておくと良い。次は人の話は素直に聞く事だな。」


 大通りを抜けたILOの戦車の眼前に、砲塔を向けた共和国の戦車が待ち構えていた。


「た!助けろ!助けろよ!」

「なぜ?」


「な……お前が!お前は副司令ドホジエだからだろうが!俺は!俺の親父は……!」


 戦車兵の声は砲撃と爆音に掻き消された。

 また1つ増えた黒煙を見上げ、カマキリは無線を切り替える。


「第5小隊、全滅を確認。敵戦車中隊、残存車両は14両」


 無線からの応答はなく、代わりにひどいノイズが響いている。いや、これはノイズではない。喘鳴だ。苦しげな人間の呼吸が続いた。


「………お前も死ねば良かったのに」


 返答はそれだけ。その一声を返して通信は切られた。


 カマキリの挙動から感情のようなものは読み取れない。


 ただ右手を、構えた信号拳銃の銃口を天に突き上げる。


 蟷螂の斧が捕らえるのはただ弱者のみ。


 そこに敵味方の別はなく。


 振り上げる刃は常に2つ。

 1つは既に血に塗れ、残る一振りは今まさに獲物を捕らえる。

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