第15話

 ……何ということだ!

 まさか、こいつが使者だと!?


 帝国からの使者を迎えた瞬間、俺は思わず全身を強張らせた。

 そんな俺の様子を見て、その使者……彼女は済ました笑顔を浮かべたまま優雅に腰を折る。

 

「帝国を代表して、この度の建国を心からお祝い申し上げる」

「……アンナ」

 そう、帝国としてケーユカイネンにやってきたのはアンナであった。

 おかしい! いくら元王女とはいえ、このような席に女性を……しかも官僚ですらない人間を送る事はまずありえない!!


「私の顔に何かついているのか、レフティネン公王?」

 何がいいたいかはわかっているが、聞くつもりは無い。

 余裕げな笑みに言葉としての意味があるなら、そんな台詞になるだろう。


 しかし、何を考えている?

 慣例を破ってまでアンナを使者にしたというのならば、そこには何らかの意図があるはずだ。

 だが、この状況から予想される未来は、どれもこれも反吐が出そうなものばかりである。


 ふと気が付くと、部屋の隅で居心地悪そうにしている俺の側近たちが目に入った。

 ……邪魔だ。 巻き込まれたくなかったら出てゆけ。

 俺が顎を軽く動かして退出を促すと、空気を読まないエディスを残して他の連中がそそくさと部屋の外に逃げ出してゆく。


「帝国の使者が女性だったのですこし驚いただけだ。 巷では評判になるだろうな。

 帝国は建国の祝辞に女を送り込んだと」

 俺は下手な言い訳もかねて、俺は帝国側の無作法を指摘した。

 男尊女卑の風潮の残るこの世界において、このようなやり方は即内乱になってもおかしくない侮辱的行動である。


 我が親友は、いったい何を考えている!?

 まさか、俺に喧嘩を売るつもりなのか?

 いや、あいつに限ってそれはないだろう。

 でなければ、俺がこの大陸の未来を託した意味が無い。


「そうそう、皇帝からの贈り物を渡さねばな」

 俺が皇帝の真意を探り損ねていると、アンナは懐から一通の書状を差し出した。


「贈り物?」

 胡乱な声で疑問をつぶやくと、俺は受け取った手紙を開き中を確認する。

 すると、そこには大きく『すまん』と一言だけ記されていた。

 相変わらずこういうところは大雑把な奴だな。

 だが、おおよそのところは理解した。

 いや、理解してしまった。


「おい、これが……贈り物なのか?」

「まさか。 贈り物ならば目の前にあるぞ」

「すまない、話がさっぱり見えないのだが」

 というより、むしろ見たくない。

 わかってはいるが、それを認めたくないのだ。


 そして、アンナは俺の一番聞きたくなかった言葉を口にした。


「喜ぶがいい。 つまり、私自身が贈り物ということだ」

「まて、それはありえない……」

 王が祝いの品として自らの側室や寵姫を下賜するということはままある話である。

 だが、それがアンナである必要は無い。

 ……というより、このじゃじゃ馬厄介だから飼いならしてくれと依頼したのに、突っ返してくるかあのクソ親友!!

 よくも俺の期待を裏切ってくれたな!?


「まさか、皇帝からの贈り物、いらないとは言うまいな」

 俺がいろんな意味で困り果てているのを見越して、アンナが勝利宣言とも言える言葉を口にする。

 しかし、まだ甘い。

 

「……悪いがアンナ。

 この手紙には謝罪の言葉があるだけで、お前を嫁にしろとはかかれていない。

 つまり、皇帝からの贈り物だからといって、必ず結婚するとは限らないということだ」

「なんだと、クラエス! この私がここまで努力したというのにまだ受け入れないというのか、この甲斐性無し!!」

 俺とアンナの間に激しい視線の火花が散り、恋物語の告白シーンというより騎士物語りの決闘シーンのような空気が流れる。


「夫としての貞節を疑われるぐらいなら、甲斐性なしと呼ばれることをあえて受け入れよう。

 この俺の英知にかけて、かならず他の誰かに押し付けてやるから覚悟しろ」

「ならば、この私も女の誇りにかけて、地の果てまで追い詰めてでも結婚してやる!

 絶対にあきらめないからな!!」

「よかろう、ならばさしあたってハンヌの奴に押し付けてやる!

 喜べ、慣例に従うならば従兄弟だから結婚は可能だし、馬鹿だからもっともらしい理由をつければことわらないぞ!」

「鬼か、貴様!」

 なんという売り言葉に買い言葉……。

 もしかして、俺とアンナは一生こんな追いかけっこをするのではないかと、そんな危険なフレーズが頭をよぎる。


「あ、わかったー!」

 その瞬間、この空気をぶった切るようにエディスが素っ頓狂な声をあげた。

 ……何事?


「こういうのを、ラブコメって言うんだよねぇ。 わたし、かしこーい!!」

「ふざけるな!!」

 奇しくも、俺とアンナの声が揃い、同時にエディスの顔面を握りつぶした。


 だが、認めざるをえない。

 アンナとの戦いは、たぶんまだまだ続くのだろう。

 俺はケーユカイネンの未来に一抹の影がよぎったような錯覚を覚えた。

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