第12話

 結論から言おう。

 西の国は、滅びた。


 いきなりそう言っても、何のことかわからないだろうから、順を追って説明しよう。


 まず、西の国からやってきた軍団は、天才と呼ばれた一人の男の手によってたった一人の被害も出さずに壊滅し、この国は平和になりました。

 めでたし、めでたし。


 ……おそらく、国民の大半はそんな物語を期待していたのだろう。

 だが、現実は違った。


 原因は、西の国がこの国を攻め落とすためにかなりの無茶をしたせいである。

 国力を傾けかねない兵力を注ぐことで一気にこの国を制圧しようと大きな賭けに出た西の国だったが、軍団が俺の手によって敗北したことによって一気に軍事的評価が傾いてしまったのだ。

 しかも、戦死者の中にはこの国の唯一の後継者である王太子も含まれていたため、士気はどん底。

 もはや抜け殻のようになって、最悪という言葉すら脳裏に浮かんでこない。


 そうなれば、今度は西の国が周辺国家から蹂躙される展開となり、敗残兵が盗賊になったり残党がテロリストになることで周辺国家の治安は最悪に……という展開が予想されるのだが、そうなる前に俺があちこちに情報を流した上で帝国を動かしてしまったのである。


 するとどうなったか?

 西の国は戦争を放棄して帝国に服従し、帝国の庇護下に入ってしまったのである。

 そして、かろうじて王位継承権をもつ女を皇帝の側室とし、その子供に帝国の属国となった西の国を治めさせると言う形で決着がついてしまった。


 これで、わが国も含めて西の国に誰も手を出すことができなくなってしまい……むろん、俺の計算どおりの展開である。

 まぁ、言うほどすんなりと事が進んだわけではないのだがな。


 そして、そのときになってようやくこの国の連中は俺の意図に気が付いた。

 お分かりだろうか?

 この国は北と東以外を帝国に押さえられ、東も第一王子が新しい国にしてしまっている。

 そして北は俺が開発して私物化してしまった後だ。

 つまり、現在のこの国は俺の息のかかった勢力に完全包囲されているのである。



「それで……貴様はこの国にも帝国に服従しろといっているのか?」

「そのとおりだ、公爵。 これ以上、無駄な血を流すのは愚かだと思わないか?」

 俺は机の上に肘を付きながら、眉間に皺を寄せている公爵にそう声をかけた。


「さもなくば、西の国を蹴散らした力を、今度は帝国の力としてこの国にむけると?

 貴様の大事な人間も巻き添えを食うぞ」

「……それは悲しいことだな」

 俺はわざとらしい笑顔を貼り付けて唇を吊り上げる。

 傍から見れば、さぞや冷酷に見えることだろうな。


「虚勢を張るのもいい加減にしろ。 そんな態度でごまかせると思ったら大間違いだ」

「まぁ、そのとおりだな。 確かに俺の身内を巻き込んで戦争をする気は無い。

 だが、あんた以外の貴族たちはどう思うかな?」

 そもそも、俺も公爵を相手にごまかしがきくとは思っていない。

 だが、公爵以外に対して有効ならばそれでいいのだ。

 そして俺の言葉を裏付けるように、公爵がフンと忌々しげに鼻を鳴らす。


「連中は、お前がいまだにこの国を激しく恨んでいると思っているのだろうな」

 公爵の言葉に、俺は無言で頷く。

 俺がこの国を憎んでいるのは変わらないが、どちらかといえば今は無関心に近い。

 もはや、かつて描いた物語を成就するため……そのためだけに滅ぼそうとしているというのが実情だろう。

 そんな軽い理由で国を滅ぼすのかと言われそうだが、そのとおりだ。

 なにせ無関心だからな。

 それに、むしろ潰れる理由が陳腐で無様であるほど、復讐者である俺は気分がいいに決まっているだろう?


「消極的にやってこの有様か。 つくづく化け物だよ、お前は」

「効率的だといってくれ。

 この世に抜かぬ刃物ほど役に立つものは無いが、それがどんな刃物であることかだけは知らしめないと効果がでない」


 戦略としては使い古された手ではあるが、一部をむごたらしく殺すことで敵の戦意をくじくというものがある。

 俺のやったことはまさにその応用で、他の敵対勢力にその恐ろしさを見せ付けることで周辺国家の戦意を奪うのが目的なのだ。

 この戦略により、我が親友シュルヴェステルの大陸統一によってここより先に発生する0人……とは行かないだろうが、少なくともあと一万人以下で終わると計算している。


「それで、この国をどうするつもりなのだ? 手心を加えてくれるという約束だったはずだが」

「まぁ、公爵になら話をしてもかまわんだろう。

 ……連邦制度というものを考えている」

「連邦制度?」

「そうだ。 そもそも、ひとつの国がこの大陸すべてを支配しようとすれば確実に手に余る。

 だから、小さな国の寄せ集めをもってひとつの国とし、その上に皇帝が立つというやり方だ」

 どうやら俺の言葉に興味を惹かれたらしく、公爵がニヤリと飢えた狼のような笑みを見せる。


「つまり、その属国である小さな国の支配者に、元の国の王族を割り当てるということか」

「場合によっては……な」

「西の国がやけにあっさりと降伏したと思ったが、なるほどそれを餌にしたということか」

「……想像にお任せする。 だが、この国に関する対応は想像したとおりだ。

 この国を公国という名称の自治領とし、この国の王族を公王に据える」

 それはすでに決定事項であり、シュルヴェステルの認可も下りている話だった。


「なかなか面白そうだが、危険ではないか?

 属国の王となった者の中には力を蓄えて再び独立しようとする奴が出るかもしれんぞ?」

「それは最初から想定済みだ。

 永遠に続く国などありえない。

 だが、その土地の支配者の任命権をこちらで握っておけば、ある程度のコントロールは利く。

 あとは上に立つ皇帝の力量しだいだな」

 少なくとも、シュルヴェステルが生きている間は反乱など起きるとは思えないし、俺も許さない。


「そして、この国が連邦の中で発言権を得るための提案もある」

「ほう? どのような?」

 興味ありげな言葉とは裏腹に、公爵の目には俺を責めるような光が揺れていた。

 どうやら、どんな手段かはすでに予想しているらしい。

 ……というより、これは国としてとうぜんやるべき常套手段だ。


 そして、俺は若干の後ろめたさを隠しながらその提案を告げた。


「ハンネーレ王女を、皇帝シュルヴェステルの側室にするんだ」

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