第9話
「しかし……理由があるとはいえ無茶をしたものだな」
目の前の
徴兵によって集められた亜人や妖精たちは、およそ三万人。
これだけの人を集めれば、おのずと衣食住に問題がでてくる。
しかも、名目上は兵士ということになっているが、見た目も実態も完全に難民だ。
不自由ではあるものの、それでもそれなりに平穏だった生活を奪われたこの連中は、さぞや俺のことを恨んでいることだろう。
目の前の人の海からザワザワと響く海鳴りのようなざわめきの中身は、おそらくそのほとんどが俺への恨み節であるに違いない。
なお、この徴兵を行う際に職人たちも引き抜いたので、多くの貴族からも恨み言を言われている。
ついでに平民たちも、西の国を撃退するためとはいえ女子供ですら駆り立てるやり方に辟易しているようだ。
「全方向に対して憎悪を煽り立てるこの所業、我ながら狂っているとしか思えないな」
「……お前がそれを言うか、この黒混じりめ」
黒交じりとは、エルフ同士の間で使う罵倒の言葉で、正確には黒エルフ交じり。
つまり、陰険で腹黒いという意味だ。
もっとも、実際のダークエルフ共は、たしかに気難しい傾向にはあるものの、根はそう悪い奴らばかりでもない。
ようは、単なる偏見から生まれた言葉という奴だ。
「それで、食料の調達は問題ないのか?」
俺がこの作戦における最大の懸念を口にすると、パシはその端正な顔に苦い表情を浮かべる。
「何とか……といったところだな。
やはりトゥーリ・ムスタキッサの抜けた穴は大きい」
「そうか。 次世代の連中には、期待していると伝えてやってくれ」
俺がケーユカイネンに帰還すると、ランペール族に世代交代が起きていた。
裏切り者であるトゥーリ・ムスタキッサは引退し、その子であるエルメル・ムスタキッサが跡を継いでいたのである。
正確に言うと、トゥーリ・ムスタキッサは死んだのだ。
自殺である。
エルメル・ムスタキッサは、父であるトゥーリ・ムスタキッサの首とその遺書を俺に差し出すと、膝をついて深々と頭を下げた。
そこには、裏切りの罪は自分ひとりが地獄まで持ってゆくこと。
そして、次世代のランベール族が俺に仕える事を許して欲しいとの内容が記されていた。
仕えている国に未来が無いことを理解した上での、なりふり構わない処世術である。
なるほど、奴らしい選択だ。
そして、俺はランペールの一族を信用し、こんどこそ本当に身内として受け入れることにしたのである。
……信頼はしていないがな。
「とりあえず、最低限の準備が整ったならば移動を開始する。
西の連中は待ってはくれないからな」
「あまり無理はしてくれるなよ?
すべての人間がお前の思うように動くわけではないんだからな」
「心配するな。 そうなることも計算済みだ」
安心させるつもりで言った台詞だが、なぜかパシはその広い肩をすくめてため息をついた。
「あと、わかっているとは思うが……人間が近づいたら、殺せ。
伝令だろうが士官だろうが、絶対にためらうな」
我ながら剣呑な台詞であるが、コレばかりは仕方が無い。
絶対に近づくなと忠告した俺の言葉を守らないほうが悪いのだ。
なぜなら……俺がラウリとヘリナに命じて用意したのは病魔兵器である。
かつて手に入れたシオ・ホルステアイネンの残した日記の中に、そのような存在の記述があったのだ。
彼女の知る中でももっとも忌むべき代物であり、その効力は一国を傾け、一歩間違えば世界を滅ぼしかねないという代物らしい。
その条件は、感染力が流行り風邪並みに高く、致死率が高く、そして発病までの期間が短いこと。
特に三番目が重要で、ここを巧く調整することで被害の範囲を絞り込むのだ。
つまり、感染者が遠くまで移動できず、被害が遠くに広がる前に死ぬということが重要なのである。
それが出来なければ、世界は滅びるだろうというのが彼女の見解だ。
そして、そこにはその兵器を無力化する方法も記されていた。
なんでも、生き物の体には病魔に対する抵抗力というものがあり、これを強めるためにわざと弱めた病魔を生き物に与えるのだという。
しかも、シオ・ホルステアイネンの記述はそれだけにとどまらなかった。
恐ろしいことに、そうして病魔に対して抵抗力をつけた生き物の血液から、その病魔に対する特効薬――ワクチンという代物を作ることもできるのだという。
この記述を解読したとき、息子のラウリが卒倒せんばかりに感動していたのは言うまでもない。
そして、俺の指導の下、ラウリは病魔のポチと共に完成させたのだ。
亜人や妖精には効果が無く、人間のみが発病するという恐ろしい病魔兵器を。
つまり……もはや俺の言いたいことはお分かりだろう。
俺の元に集まった亜人と妖精は、いまや全員が一人で街をひとつ滅ぼすような恐ろしい戦略兵器となっているのだ。
「わかっている。 まぁ、奴らがこっそりと近づいて、それに我々が気づかなくとも、それは奴らの責任だ。
別に痛くも痒くも無い……そうだろ?」
むしろそうあってほしいといわんばかりの言い分に、俺は思わず苦笑を漏らした。
俺に対しては友好的だが、パシはもともと相当な人間嫌いなのである。
「まぁ、そうだな。 だが、それでも自滅の運命は……いや、意外と面白いかもしれんな」
他人事であるならば、悲劇ほど甘い蜜は無い。
自らの愚かさで滅びるこの国を思い浮かべ、俺は思わず最悪な物語のプロットを思い浮かべてしまう。
――いかんな。 つい面白そうなネタがあると物語を書いてしまうのは悪い癖だ。
俺たちがそんなことを話し合っていると、伝令のゴブリンが駆け込んできた。
どうやら準備が整ったらしい。
「さて、では行くとしようか。 悪夢と絶望を運びにな」
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