第8話

 牢獄から出たのは、半月ぶりだろうか。

 気が付くと、外の世界はすでに冬の気配が漂い始めていた。


「父上、ご無事なようでなによりです」

「パパ、すごく元気そうね。 お肌がつやつや」

 ケーユカイネンに帰還すると、真っ先に子供たちが出迎えに来る。

 その後ろにはもの言いたげなアンナとテレサがいるが、残念なことに彼女たちに構っている暇はなかった。


「留守中特に問題がなかったようでなによりだ。

 ……で、例のものはできているのか?」

「その点は抜かりありません」

 ラウリは誇らしげな顔で、懐から針のついた筒状のものを出してくる。


「そうか、さすが俺の息子だラウリ」

 俺はその奇妙な道具を受け取ると、自分の腕を火酒で洗い、その針の先端を血管に差し込んで中身を体の中に押し込んだ。


「では、計画を次の段階にうつす」

 俺は留守中にたまっていた優先順位の高い仕事を片付けると、すぐさま王都にきびすを返す。

 そして、与えられた兵との顔合わせが終わるなり、こう命令した。


「この国にいるすべての亜人と妖精たちを徴兵するんだ。

 女も子供も、すべてだ」

 次の瞬間、兵士たちのまとめ役が目を見開き、続いて眦を吊り上げた。

 そして執務机に腰掛ける俺の前に詰め寄ると、その拳で机に振り下ろす。


「女も子供もだと!?

 いったい何をする気だ、貴様は! 即刻このような非道な行いを改めよ!!」

「おいおい、俺の命令が気に食わないのはわかるが、机に罪は無いだろうに」

「ふざけるな!」

 ふざけるな……だと?

 ふむ、そっちがそういう態度なら、俺も気遣いをする必要は無いな。


「しゃべるな凡人。 貴様に理解できる範疇を大きく超えていることをわきまえよ。

 そして、この世界は貴様の意見など一節たりとも必要としてはいない」

「……なっ!?」

 まったく、躾の悪い犬はこれだから困る。

 こちらの真意を理解もできず、モラルに振り回されて足を引っ張られるのはうんざりだ。


「あと、徴兵が終わったらお前らに用は無い。

 元の飼い主に不用品として叩き返してやるから楽しみにしておけ」

「バカにするなよ、この鬼畜! 何をするか説明をするまで、俺はここを動く気はないからな!!」

「馬鹿にしているのではなく、馬鹿だと認識しているのだ。

 貴様らに説明し、理解させるだけの時間は無い。 黙って命令に従え」

「ふざけるな、この外道!!」

 激昂した兵士は、怒りと共に拳を振り上げる。

 だが、その拳が振り下ろされるよりも早く、ゴスっと重い音と共にその大柄な体が部屋の隅に吹っ飛ばされた。


 犯人は、いつの間にか俺の隣で腕を組んでいるアーロンさんである。

 先日俺が牢獄送りになったのがえらくお気に召さなかったらしく、ここ数日は気配を殺したまま俺のそばからほとんど離れてくれない。


 さて、ようやく静かになると思いきや、殴られた男は苦しげな声を上げながらゆっくりと体を起こした。

 どうやらうまく手加減をしたらしく、派手に飛んだわりには元気そうである。

 そしてこの物音を聞きつけたのか、複数の足音がこの部屋になだれ込んできた。

 現在逗留している砦の兵士たちである。


 そして状況を見るなり、彼らはその剣を抜いて俺に突きつけた。

 ……一応、今はお前等の上官なんだがなぁ。

 まぁ、人徳という奴か。


 すると、殺気立った兵士たちの前に俺の義理の兄を自称するエルフの戦士……パシが進み出る。

 エルフの里の特別な計らいという奴で、今回はこいつが俺の副官と言った立場を担当していた。


 はて、何をするつもりやら。


「下がりたまえ、人間諸君。

 しかし……我が義理の弟は興味の無いことに対して冷淡すぎるのが欠点だな。

 まぁ、私も説明をしたところで諸君に理解できるとは思えないし、理解したところで何もできることは無いだろうから正しいのは義弟で間違いないのだが」

「なんだと!?」

 俺と兵士たちの仲裁をすると思いきや、出てきたのはいかにもエルフらしい人を見下した台詞。

 どうやら、徹底的に喧嘩がしたいようだ。

 ……この、凶戦士め。


「お前は……いったい何をしようとしている!?」

 だが、兵士たちはいまのやりとりでかえって冷静になったのか、武器を構えたままそう問いただしてきた。

 そう、それでいい。

 突発的な怒りが力を与えてくれるのは、子供向けの三文小説だけで十分だ。

 戦争に必要なのは、黒く煮詰まった悪意と鉄のごとき冷静さである。


 そして、俺は彼らに対する答えを告げた。


「救済だよ。 お前ら、西の国の軍勢を追い払ってほしいんじゃなかったのか?」

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