第7話

「監獄生活のわりに、ずいぶんと快適そうではないか」

 久しぶりに見た公爵は、挨拶代わりにそんな言葉を皮肉気に口調で投げつけてきた。


「おかげさまでな」

 快適なのは別に嘘ではない。


 目の前には貴族が仕事用に使うような文机があり、愛用の紙とペンとインクがその上に並んでいる。

 執筆をするのに何の不自由も無い状態だ。

 そこが牢獄の独房の中であるということ以外は。


 あぁ、新しい資料の調達だけは不自由かもしれないが、それすらも精霊たちに頼めば何とかできないことも無い。


「ある程度予想はしていたが、なんともふがいない看守たちだ。

 囚人から賄賂を受け取ることしか能の無い穀つぶし共め」

 精霊たちと病魔の恐怖に恐れをなした看守たちは、すでに俺の言いなりであった。


 おかげさまで、よほどのことでもない限り俺の要求は最優先で処理され、独房なので他の囚人たちとのいさかいは考える必要も無く、興味の薄い仕事やガサツで物騒な編集者が押しかけてこない分、むしケーユカイネンにいたころよりもよい環境かもしれない。


「まぁ、そう責めてやるな。

 相手は俺だぞ。 看守ごときにどうにかできるはずもないだろう?」

「では、噂に聞くビルギッタ嬢を看守にスカウトしてこよう」

「……それだけはよせ」

 まぁ、あの仕事人間が看守などになるはずもないのだが、想像しただけで全身の毛がざわざわと逆立つ。


「さて、冗談はさておき本題に入ろうか。

 どうせ貴様のことだから何を言うか予想済み……いや、ここは予定済みというべきか」

「そうでもないさ。 これでも、可能性が多すぎて一つには絞りきれていない」

 その言葉に嘘はない。

 普通の相手ならば、俺に西の軍勢何とかする策を作れといってくるのだが、公爵に限っては必ずそれだけではないはずだ。

 カリオコスキ公爵とは、それほどの相手なのである。


「興味本位で聞いてみるが、用件は何だと思う?」

 まるで俺を試すような物言いと共に、公爵はにやりと口の端に獲物を狙う獣じみた笑みを浮かべた。

 あいかわらず人のプライドを刺激するのが巧い男だ。


「確実なのは西の国の連中を追っ払ってほしいといったあたりだな」

「たしかにそれもある。

 元老院や第二王子、あとは西側の貴族共の要望はそれだけだな。

 だが、私にはもうひとつ交渉したいことがある」

「ほう? いいね。 聞くだけは聞こう」

 さぁ、きたぞ。

 これだからこの公爵は面白い。

 さもなくば、面会の申し出があった時点で拒絶しているところだ。

 

 そして、公爵の口をついて放たれた言葉は……


「貴様のプランに手心を加えてほしい」

「は……ははは、あははははははははは!!

 俺に、ことのすべての元凶である俺にそれを頼むのか?

 とても正気とは思えんな」

「だが、貴様は受ける。

 なぜなら、自らの計画をより高い確率で成就させるために、お前はこの私の協力を欲しているからだ」

 公爵はニコリともせず、鉛のように重くこわばった顔で俺の目を見る。


「冗談にしては笑えないな。

 なぜ俺がお前の協力なんか欲しがらなくちゃいけない?」

「それは、お前が臆病だからだ。

 想定外の状況を楽しんでいるように自分を偽るのも、尊大で余裕があるように振舞うのも、すべてはお前の臆病さの裏返しなのではないのか?

 ……さもなければ、預言書じみた物語なんて書けるはずが無い。

 お前は、自分が間違えるのが怖くて何度も何度もすべての可能性を見つめなおす病的な神経質さが無ければ、そんなものは作れないだろ。

 違うか?」

 偽ることは許さないと目で訴えかけながら、公爵は俺の返事を持つ。

 その顎から一滴の汗が滴り落ちた。


「いいね、満点とは言わないが、及第点以上の反応だ。

 この国でそんな交渉を仕掛けてくるイカれた奴はあんただけだよ」

 そういいながら、俺は笑っていた。

 公爵の言葉は決して間違いではないが、すべてではない。


 もう、慣れてしまったのだ。

 混沌を楽しみ、尊大で悪魔じみた仮面をつけ続けることに。


 かつての俺は、確かに臆病で世界のすべてに恐怖していた。

 だが、それは過去のこと。

 もはや作り出した仮面は俺の中に完全に溶け込み、新しい自分の一部となってしまっているのだから。


「それで、返答はいかに?」

「いいぜ。 あんたの答えが気にいったからな。

 この国が滅びる運命は変えるつもりが無いが、いくつかの要望と引き換えに手心を加えるという部分については約束しよう」

「手心の詳しい内容は?」

 公爵の言葉に力がこもる。

 だが、俺はあえてそれを鼻で笑った。


「おいおい、物語のオチを先に聞く奴があるか?

 だが、できる限りお前にとってマシな結末を用意してやる」

 その言葉に、公爵はほんのわずか緊張を解く。

 俺言葉を疑う気はどうやら無いらしい。

 まぁ、実際に嘘では無いしな。


「では、まずは西の国の連中を追い払ってほしい。

 必要なものは何かあるか?」

「……今から言うものを用意してくれ。

 そうすれば、西の国の連中は、早ければ数日でいなくなる」


 今回の策に利用はさせてもらったが、そろそろ邪魔だ。

 出番の終わった役者には、速やかに、そして華々しく退場してもらおうか。

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