第6話

 ――誰か、この状況をなんとかしてくれ!

 公爵は頭を抱えたくなる衝動をこらえつつ、心の中で叫んでいた。


 この未曾有の危機を前に、予想通り会議は紛糾。

 だが、その内容があまりにもひどかった。


「いいから、早く西の軍勢をなんとかしろ! このままでは、我が領地が戦火に見舞われてしまうだろうが!!」

「何をたわけたことを! 今のこの国に西の国をすぐに退けるだけの戦力があるとでも思っているのか!?

 東でクソ王子が反乱を起こしているんだぞ?

 西に戦力を傾けたら、これ幸いと奴らが攻めてくるのがわからんのか!

 まずは東をなんとかするのだ!!」


 なお、この台詞は前者が西に領地を持つ貴族のものであり、後者が東に領土を持つ貴族のものである。

 皆が皆、自分のことしか頭に無いのだ。

 確かに、言っていることは正しい。

 だが、長期的な目で見ればどれも対応としては正解ではなかった。


 西の隣国が宣戦布告し、すでに国境線を越えて押し寄せてきている状況はなんとかしなければならない。

 だが、同時に東を無視することもできないのだ。

 しかし、国の戦力を二分すればどちらにも対応できず、この国は一気に滅びるだろう。


 おそらくクラエスのことである……この国が滅びた後で第一王子が軍を率いて西の国に占領されたこの国の民を解放するという夢物語を吹き込んだに違いない。

 いかにもゴリゴリの軍人気質で英雄嗜好の強い第一王子の好きそうな話だ。


 だが、そんな妄想は現実にはなるまい。

 なぜなら、南方に陣を構えている帝国がこの状況を看過するはずが無いからだ。


 このままでは、クラエスのシナリオ通りに帝国がすべてを持ってゆくだろう。

 かの帝王は支配下に置いた領土の民の扱いが非常に巧い。

 そうでなくとも、あの悪魔の天才がこの国の民を懐柔する策を考えているはずだ。


 たとえば……第二王子がハンネーレ王女の代わりの神輿としてほしがっているテレサ嬢。

 救国の英雄と名高い彼女を帝王の后にし、彼女が涙ながらに民の保護を帝王に訴えたとでもうわさを流せば、愚かな民はあっという間に帝国になびくだろう。

 しかも、テレサ嬢の身柄は現在ケーユカイネン領パイヴァーサルミの中にあって誰にも手出しができない。


 あぁ、考えれば考えるほどクラエスが先手を打った痕跡だけが見えてくる。

 この状況を打開するために必要なものがことごとく奴の手の中だ。

 希代の天才が相手とはいえ、口惜しい限りである。


「イッロ……何か手はあるか?」

 この状況にたまりかねたのか、王がそんな言葉を口にする。


「ありませんな」

 だが、公爵としてはそう答えるしかなかった。


「ただ、どうすればよいかだけはかろうじて」

「ほぅ? 聞こうか」


「東の独立をいったん認め、西の脅威に対処してから取り戻す方向しかありませんな」

「だが、それでは東に脅威を抱えることに……!」

「黙れ。 誰が発言を許した?」

 王が不機嫌そうに顔をしかめると、異論を唱えた貴族は一瞬で青褪める。

 亡国の危機にはあるものの、王の威厳にはいまだそれだけの力があった。


「東に陣取った連中についてですが……第一王子はともかく、その兵士はほんの数日まではこの国の民だったものです。

 彼らの中には、こちらに身内や親戚がいる者も多い。

 その状況を少し大げさに宣伝してやりましょう」

「そんな消極的な策で……」

 再び口を挟もうとした貴族たちを、公爵はギロリとにらんで黙らせる。


「せめて人の話しを最後まで聞けないのか、お前らは?

 親の躾の底が知れる。

 そもそも、東の連中と事を構える気か? そもそも、今言った状況はわれわれの軍についても同じことだぞ」

 はっきり言えば、国家独立だの戦争だの、そんなくだらない事をやりたがっているのはごく限られた上の人間だけなのだ。

 こんな馬鹿げたことに乗り気な兵士は、まず皆無だと思ってよいだろう。


「兵士たちは我々の人形じゃない。

 連中にも感情があることを忘れているようだな。

 貴族としての資質に欠けるその発言、しかと覚えたぞ」

 公爵が陰のこもった声でそう告げると、東を治める貴族たちは卒倒しそうな顔で黙りこくった。


「それで、東の連中の動きを止める方策はそれで言いとして、西の連中に対してはどうするつもりなのだ?」

「左様でございますな。

 ここはひとつ、この騒動の元凶に働いてもらうとしますか」

「できるのか?」

「こちらに悪意を抱いている上に、上の立場から物を申せばいろいろと扱いにくい人間ではございます。

 ですが、向こうの望みを把握した上で対等な立場で話しをすれば意外と交渉できるのでござますよ、あの男に関しては」

 公爵は、良いことを思いついたとばかりに顔をほころばせたが、王意外にその意味を理解する者は誰もいなかった。

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