第4話

「そうか、連中はアンナを幽閉する事にしたか」

 王都にある独房の中で、俺はエディスから現在の状況の報告を聞いていた。


 ちなみに、牢の見張りをしていた連中は、本来の精霊の姿とったマルックさんによって昏睡状態にされたまま床で白目をむいている。

 正直、病魔のやつよりヤバいんじゃないかと思うこともあるのだが、とりあえず味方だから気にしないことにしていた。


「うん。 いまは、パイヴァーサルミで保護しているけどぉ、毎日あの手この手で連れ出そうとしているよぉー。

 最近はぁ、泣き落としがトレンドみたい」

「愚かなことだ」

 幽閉されるとわかっていて、わざわざ外に出るほどアンナは愚かではない。

 それに、今のパイヴァーサルミはこの国のどこよりも先進的で居心地がいい場所であるから、外に出たいとも思わないだろう。


 結果として、第二王子の戦力は俺の予定した形に収まってしまった。

 次の一手は、第一王子の動向しだいだな。

 こちらも高い確率で俺の思い通りに動くだろう。


「しかし……王宮の連中は本当に救いようが無いな。

 面子や格式にこだわらなければ、俺の手から逃れるすべなどいくらでもあったであろうに」

 たとえば、現在の王が引退して公爵に王位を譲り渡しでもしたら、俺の計画は大きく狂うこととなっただろうな。

 公爵あたりならばひょっとして俺の意図を読んで、こちらの想定しなかった行動をとってくるかと警戒していたが、あの古狸もこのあたりが限界といったところか。


「しょうがないんじゃないのぉ?

 あの人たちぃ、体の半分が面子でできているようなものなんだしぃ」

「興味深い意見だな。 ちなみに残り半分は何だ?」

「さぁ? たぶん無駄でできているんじゃないのぉ?」


 おい……思わず噴出しそうになってしまったではないか。

 エディスにしてはなかなかいいセンスをしている。


「予防線として張っておいた計略がいくつか無駄になったが、それはそれでかまわない。

 引き続き、第一王子の動向を中心に情報を探ってくれ」

「うん、わかったよぉ」

「とりあえず、第二王子のほうはしばらく放置しておいてもいいだろう。

 なぜなら、第二王子は子飼いの私兵団とは名ばかりで、あれはアンナの兵士のようなものだからな」


 そして肝心の第二王子は、自分のところの私兵団の連中とあまり仲がよろしくない。

 アンナが女だてらに騎士を目指したのは、そんなふがいない兄を支えるためであったとのうわささえあるが……俺の見る限りどちらかというとアレは本人の資質だな。


 しかし、肝心のアンナは、パイヴァーサルミで篭城中。

 これで戦争に勝てるはずが無い。

 つまり、第一王子にとっては千載一遇のチャンスだ。


「でもさぁ、クラエス。 第一王子は動くと思う?」

「動くさ。 第一王子の奴は政治家としては三流だが、武人としては二流よりもすこし上だ。

 今を逃せば二度とチャンスが無いことぐらいのことは理解できるだろうよ」


 俺が事前に第一王子に与えた情報は主に三つ。

 第二王子の勢力がその実力を発揮できなくなること。

 そして……。


 王が公爵の息子を次世代の王として考えていること。

 つまり、第二王子に勝利してもこの国の王となることはもうできないという事実。


 そして最後に、その後に彼が描くべき復讐という名の甘美な夢。


「あぁ、生来の生真面目な性格で、王となるために今まで努力と研鑽を怠らなかった第一王子は……。

 あの武人の鑑にして、武人としての思想に染まりすぎたために王としての資質を見限られた彼は……。

 この事実にどんな顔をするだろうか?」

「クラエス、顔が笑っているよ?」

 エディスもまた恍惚に打ち震えるフリをする俺を見て微笑んでいた。

 ……いや、この口調からすると中身は黄泉の女神なのだろう。

 彼女の中には普段のエディスと平行して、俺を見つめる黄泉の女神の欠片ともいうべき人格が存在しているのだから。


「そうとも、俺は今とても楽しい。

 肉親に裏切られて傷つき、復讐を決意した第一王子に、天啓とも言うべき道を示すことができたのだから」

「彼がその道を歩むなら、たぶん人が死ぬね。 とてもたくさんの人が」

 独白にも近い俺の言葉に、黄泉の女神は目を細めてうっとりとつぶやく。


「知らんな。 最初から人の生き死にに興味は無い。

 俺はただこの滅び行くこの国の物語が美しければ、それでいいのだ」

 冥府の女神をたばかるために、俺はわざと冷酷なフリをした。

 本当は、この争いが可能な限り少ない犠牲で終わるように俺は画策している。

 ただし、出来るだけ残酷な演出を俺は用意した。

 戦争とは、残酷で陰惨であればいい。

 そして忌むべきものとして多くの人々の記憶に刻まれればいい。

 そこに美しさや夢を持ち込むというのなら、自分たちだけで夢を見ればいいのだ。


「……うそつき」

 そうとも。 俺はうそつきだ。

 なぜなら、俺は甘美な嘘で人々を酔わせる小説家という生き物であるからだ。

 それの何が悪い?


 それに……第一王子も、彼の配下がどれだけ死んだところで気にもすまい。

 それが自分の所有物でないのならば、なおさらだ。


 なぜなら、彼は王となるために生まれ、育ってきたから。

 民は自分の所有物であり、自分の理想をかなえるための消耗品。

 それが彼にとっての真理なのである。


 そして数日後、第一王子は動いた。

 俺の示したとおりに、王宮のいかなる人間にも予想していなかった形で。

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