第2話

「……いつ、お気づきになられましたかニャ?」

「わりと最初からかな。 お前の正体は、おそらく王直属の諜報機関の長。

 そのぐらいはすぐに分かるさ」

 怯える騎士たちの向こうから聞こえてきた声に、俺は振り向きもせず答える。

 大して驚いていないところを見ると、たぶんムスタキッサも俺が感づいているとは思っていたのだろうな。


「なぜ私だと? てっきり、ハンネーレ殿下かテレサ嬢をお疑いになると思ってましたニャ」

「アンナが俺を裏切る可能性も無いとは言わないが、動きが早すぎる。

 生真面目な奴だから、裏切る前に長い葛藤があってしかるべきだ。

 そして、テレサには俺を裏切るメリットが無い。

 下手に裏切れば、自分の居場所をなくしてしまうからな」

 つまり、その場には会話を盗み聞きしていたゲスがいたということになる。

 そして、それが可能な存在となると、該当する人物はそう多くない。


「今後の参考までに、私を間諜とお疑いになった論拠をお伺いしてもよろしいですかニャ?」

 ふむ、正体がばれた理由が気になるか。

 確かに諜報員としてはそうだろうな。

 別に、そのぐらいはサービスしてやってもかまわないだろう。


「はっきり言って、能力が高すぎる。

 天才である俺の相談相手が務まるような奴が、この世界にどれほどいると思う?

 俺の信頼を得るためになりふり構わず全力を出したつもりだろうが、その努力が裏目に出たな。

 それだけの能力があって、第二王子程度の奴につくという選択肢はありえない」

 はっきり言って、この国の王子共はクズ揃いだ。

 俺がムスタキッサならば、間違いなく王の弟である公爵に付く。

 王とはかなり年が離れているし、豚伯爵を除く二人の息子は無難な人材だ。


 伝え聞く王の性格を考えると、おそらくは王位継承権を復帰させた公爵が次の王となり、王位継承権を変更した上で公爵の息子のどちらかがその次の王となるだろう。


「それでもお前が第二王子に肩入れする可能性があるとすれば、第二王子の派閥の誰かに恩義があるというものだが……。

 しがらみに振り回されるほどゆるくはないだろ、お前」

「ご明察ですニャ」

 俺の指摘に対し、ムスタキッサは悪びれもせずに頷く。

 だが、王の諜報機関であるという部分は微妙にぼかしたままだ。


「恨んでおいでですかニャ?」

「らしくも無い台詞だな」

「役目は別として、一人の人物としては惚れ抜いておりましたからニャ。

 私を間諜と知ってなお躊躇無く用いるその胆力、余すところ無く我が能力を活用する智謀、正直言って惚れ直しておりますニャ」

 おそらくその言葉には嘘はない。

 ……俺としても、お前はとても有能な手駒だったよ。


「そうか。 ちなみに、俺のほうはなんとも思ってないぞ」

「はぁ、あいもかわらずつれないお方ですニャア」

 だったらなぜ裏切ったといいたくもなるが、感傷に浸りながらも自らの役目に一切私情を挟まない。

 だからこそこいつは有能なのだ。


「最初から裏切ると分かっているやつが裏切ったところで、特に思うところなどあるはずないだろ」

「つまり、対策はすでに考えてらっしゃるということですニャ」

「まさか。 そんなわけないだろ。

 お前、俺がお前の裏切りに対して情報制限以外の対策を採っていたようにみえたか?」

「……は?」

 俺の言葉に、ムスタキッサが目を丸くする。


「意味が分かりませんニャ」

「意味が分かるなら、お前は俺と同じく天才だよ。

 天才とは、余人に理解できない考え方をするから天才と呼ばれるのだ」

 そう、お前は気づいていない。

 お前が俺の元に差し向けられることも、お前が裏切ることも、そのすべてが俺の描いたシナリオだ。


 対策? そんなものは必要ない。

 なぜなら、すべてが予定通りだからな。


「しかし、残念ですニャ。 貴方ならば、この国の未来を担うことができたでしょうに」

「そんな事はないさ。 滅びる国に、最初から未来なんてあるはずがない」

 俺の台詞に、ムスタキッサは牙をむき、出会ってから初めての険しい表情を見せた。


「貴方がいかにこの国に呪いをかけようとも、かならず未来はありますニャ。 我が王の、その英知にかけて」


 残念だったな、ムスタキッサ。

 その王が、たぶん今から最大の過ちを犯す。


 その時になって、お前は初めて誰を敵に回したのかを思い知るだろう。

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