最終章 魔境代官の辞任

第1話

「クラエス・レフティネン。 貴様を拘束する」

 国王からの使者は偉そうにそう告げると、パイヴァーサルミの領事館で書類を書いていた俺の目の前に一枚の書状を突き出した。

 そこには俺の罪状が端的に記され、国王の印璽いんじがこれ見よがしに押されている。

 ふむ、国王の印璽の中でもグレードは上から三番目の奴だな。

 代官相手とはいえ、平民相手にはもったいないほどの代物である。


 その罪状はというと、国に対する破壊工作を計画したことらしい。

 要するに俺がシュルヴェステルのために書いた物語がこの国に対する反逆だと言いたいのだろう。

 見たことも無いのに、よくも決め付けてくれたものだ。

 まぁ……俺がこの国に反抗的なのは間違いないがな。


「逮捕状ね。 納得はできないが、一応今は従ってやろうか」

「何をえらそうな! この売国奴が!!」

「おいおい、勘違いしないでくれ。

 俺の心は最初からこの国のものじゃない。

 それを無理やりこの国に縛り付けたのはお前らだろうが」


 俺が笑いながらそう告げると、国王の使いは歯をむき出しにして唸り声を上げた。

 悪いが、この国の貴族連中を自分の同胞だと思ったことは一度も無い。


 そもそも、俺は物心付いたころからずっとこの国を憎んでいる……生粋の不穏分子であり、反逆者だ。

 売国奴? 俺をこの国の人間だと思われるのはひどく不愉快だな。


「と、とにかくおとなしく縛につけ! おい、縛り上げろ!!」

 国王の使いは俺を憎憎しげに睨み付けると、後ろに控えていた騎士共に支持を出す。

 だが、彼らが俺の腕をつかもうした瞬間……。


「うっ……」

「かはっ!?」

 俺に触れようとした騎士たちの顔が真っ青になる。

 あるいは腹を押さえて床に転がった。


「我が主に無礼を働くなら、貴様らの内臓に無数の腫れ物をくれてやろうぞ」

 俺の横には、いつの間にか黒い大きな犬が鼻に皺をよせつつ佇んでいる。


「おぉ、ポチか。 世話をかけるな」

「主よ、できればその名で呼ぶのは勘弁してもらいたい」

 俺が名前を呼ぶと、ポチは耳と尻尾をへにゃりと下げてため息をついた。

 さて、とりあえず国王か公爵と一度話しをする必要があるだろう。

 こいつらを追っ払ってここに居座るのは簡単だが、そうすれば俺以外の連中に対しても嫌がらせをしてくるだろうからな。


「ほら、ついていってやるから、この俺の寛大さに感謝しつつ馬車に案内するがいい。

 それとも、全員不治の病にかかりたいか?」

 俺がようやく立ち上がって一歩前に進み出ると、なぜか国王の使者は怯えるように一歩後ずさった。

 おいおい、俺を連れてゆくのがお前の仕事じゃないのか?


「あと、我が主には黄泉の女神の寵愛がある。 気分を害すればどのような惨事に見舞われるか想像もつかぬぞ」

 そして俺の斜め後ろから、ポチがそんな脅し文句を口にする。

 俺の位置からは見えないが、きっとポチはすばらしく悪意に満ちた笑顔を浮かべていることだろう。

 なにせ、元が病魔だからな。


「ムネーメ、シルキーたちに伝えて身の回りのものをまとめてくれるか?

 しばらく留守をすることになりそうだから、領地の管理はパーヴァリさんとマルックさんに頼む」

 そう告げながら、俺は愛用の筆記用具とノートを鞄の中に放り込む。

 あとは着替えぐらいかな?

 飯についてはせいぜい国の連中に高いものをたかってやるとしよう。


 だが、その指示にポチが異論を唱えた。


「主よ、なぜ精霊共に領地の管理を任せる?

 奴らは領地の管理には向いておらんぞ。 人や要請とは価値観があまりにも違いすぎる」

「確かにポチの言うとおりではあるな。

 では、パイアヴァーサルミの運営は停止。

 関所を閉ざして、客も全部放り出せ。

 従業員に関しては、全員無期限の休暇。

 とりあえず飯だけはちゃんと食わせるように伝えてくれ」

 外部に出せない作物がほとんどである以外は、もともと自給自足でやっていける体制が整っている場所である。

 納税さえ考えなければ、観光客が無くても特に問題は無い。


「主よ、我が問いの答えにはなっていない。

 我は妖精たちやミノタウロスに管理を任せるのが賢明だと思うが?」

「ミノタロウスは身内びいきが激しい。 ゴブリンやオークは欲望に忠実すぎる。

 ブラウニーやホブゴブリンはむしろ誰かに使われる立場が向いているし、シルキーは家のことにしか興味が無い」

「我はムスタキッサという猫妖精が適任だと思うがいかに」

「あぁ、ムスタキッサか」

 俺はそこで言葉を区切って天井を見上げた。

 確かに能力的には最適だろう。

 だが……。


「無いな。 なにせ、やつこそが裏切り者であり、シュルヴェステルの物語が未完であることを国王にばらした張本人だから」

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