第5話
「あ、見えてきたよぉ! あれが精霊たちの言っていた場所だよぉ!!」
「いやっほーう!」
「すっごーい! お花だらけ!!」
精霊の馬車を走らせること四時間。
原生林の向こうに一面のお花畑が見えてくると、俺の子供たちとエディスが大きな声ではしゃぎだした。
なお、ここはケーユカイネンの盆地の中でも東側にある平原。
秘書精霊のムネーメに聞いてみたところ、地の精霊が作った花畑があるからそこに行ってはどうかと勧められたのだ。
もっとも、原生林を抜けた先にあるとは聞いてなかったけどな。
植物を自由に動かせる地の精霊の力を借りなければ、到着までに二週間ほどサバイバルありのデスマーチを味わう必要があっただろう。
なお、このケーユカイネンで領地として機能しているのは全体の二割程度の面積で、あとは原生林と原野が広がるばかりだ。
おそらくは領地としての収益が低すぎて、隣の領地に近い南側を開墾するのが精一杯だったのではないかと思われる。
「しかし、青いコスモスとは珍しいな。 これも魔法植物なのか?」
まるで青い海のような花畑を眺めていると、隣からアンナが話しかけてくる。
「あぁ、ウラノメトリアと言って星の力を秘めた魔法植物らしい。
占星術や星界の聖霊と呼ばれる存在を呼び出すときの触媒になるそうだ」
この地に生える植物はどいつもこいつも魔力を秘めた際物ぞろいで、まともな植物なんてもはや一本も無い。
とは言っても、その原因は俺の思いついた精霊との雇用契約という反則のせいなのだから、表立って文句は言えないけどな。
「私も聞いたことがございますね。 星占いで相性の悪い夫婦を円満にするために占い師が用いた話を覚えておりますわ」
アンナとは反対側から告げたのは、この領地で作曲家と国語教師を兼業しているテレサであった。
「あぁ、その話は俺も聞いたことがあるな。
だが、この花の利用方法はそれだけじゃない」
やばすぎて持ち出し禁止にしてある植物辞典によれば、星を落とす禁呪の触媒にもなるそうだから、領地外へ持ち出せばロクなことにならないだろう。
「分かっているだろうが、採取も持ち出しも禁止だぞ?」
俺が念を押すと、二人は重々しく頷いた。
この花だけでなく、ケーユカイネンという宝の山は、一つ間違えると地獄の穴に変わる恐ろしい場所である。
その特性に気づいたのが俺でなければ、今頃は愚かな代官とブタ伯爵によって、この大陸は最終戦争で滅びていたかもしれない。
なお、一緒に来ているのはこの二人だけではなかった。
今日はパイヴァーサルミの従業員も含めて可能な限りの関係者を全員引き連れての行楽なので、俺たちのほかにもオークやゴブリンやミノタロウスといった連中の乗った馬車が、地の魔術によって整地された道を延々と後ろからついてきている。
そのにぎやかな声に調子はずれな歌声が混じっているところを見ると、すでにくすねてきたビールによってできあがっているに違いない。
「さて、この辺でいいか」
花畑に入ってしばらくしてから、俺たちは馬車を止めた。
すると、真っ先に子供たちが外に飛び出してはしゃぎまわる。
うちの領地で働いている連中の中にも子持ちの連中はそれなりにいて、この企画は彼らにとってもいろいろとうれしいものであったらしい。
やがて後ろで完全に出来上がっていた連中も次々に馬車を降り、野営の準備をはじめた。
なお……ピクニックとは本来夜通し騒ぐものである。
そんな話しを聴いたことのあった俺は、周囲の人間関係を修復するため、お泊りつきのピクニックを計画したのだ。
「こら、遊んでばかりいないで、ちゃんとテントの設営や水汲みも手伝うんだぞ!」
花畑で仲良く追いかけっこを始める子供たちにむかって、俺は責任者として陳腐な言葉を投げかける。
割と嫌な役目だが、まぁ責任者としての義務というやつだな。
子供たちはハーイと適当な返事を返すと、ほとんどは宿営地を作る大人たちの群れに合流していった。
例外は、うちのチビ共とエディスである。
ラウリとエディスは、どこからか拾ってきた棒で地面に何かを描いているようだ。
「お前らは何をしているんだ?」
気になって声をかけると、ラウリは手を止め、俺の顔を見上げてニッコリと笑った。
「あぁ、父上。 僕たちは虫除けの結界を張ってます」
「私たちは重いものはもてないから、自分たちの得意なことで全体に貢献するのー」
なるほど、小さくてもエルフ魔術師というわけか。
「で、エディスは?」
「何があっても絶対に近寄るなって言われたから、ラウくんとヘリちゃんのそばにいるのー。
つまんなーい」
あぁ、なるほど。
こいつに宿営の準備を手伝わせたらどんな大惨事になるかわからないからな。
「じゃあ、俺はほかの連中の監督に行って来るから、危ないことはするなよ」
「はーい」
そして遊牧民族であるレッドミノタウロスたちの使う移動式の住居が大方出来上がり、子供たちが花畑に放牧された頃である。
ふと、背中に視線を感じて俺は背後を振り返った。
すると、アンナとテレサがなにやら緊張した顔で俺のほうを見ている。
……いったい何だろう。 この嫌な空気は。
彼女たちの緊張が移ったかのように俺の顔も強張りはじめる。
「どうした、そんな顔をして。
俺に何か用か?」
すると、アンナが意を決したかのように俺に話しかけてきた。
「クラエス。 話があるのだが、少し時間をもらえないだろうか」
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