第8話

「いつ見ても不気味な場所だな」

 精霊の墓所に到着した俺は、誰に聞かせるわけでもなくそう呟いた。


「んー さすがにそれは否定できないかなぁ。

 でも、冥府との接点が色鮮やかでも雰囲気でないでしょ?」

 俺の独り言が聞こえたのか、エディスが不満げな言葉を返す。


「そうでもないぞ、エディス。 むしろ死後の楽園を思わせるような場所でも俺はアリだと思っているぞ?」

「なるほどぉ。 今度、女神様に報告するときに提案してみるねぇ」

 女神に報告か。

 普通の精霊にそんなことができるはずもない。

 冥府の力……それも女神なんぞにまみえれば、よほどの上級精霊でもない限り衰弱してしまうだろう。


 だとしたら、この隣にいる存在はいったい何者なんだ?

 俺の推測する限り、こいつの正体は精霊ではない。


 まったく……俺としたことが、とんでもない奴と契約を結んでしまったものだ。


「さて、そろそろ行くか」

 ため息を吐くことすら億劫なほどにやる気のない気分を言葉にこめつつ呟くと、俺は見渡す限り広がる白い砂地へと足を踏み込んだ。


 そこには雑草すらなく、風すらもない。

 空は雲ひとつない天気だというのに、青空が薄暗く感じられる。

 しかも、奥に行くにつれてだんだんと周囲が薄暗くなりはじめた。


「ふん、ふふん、ふふん」

 俺が陰鬱な気分を噛み締めている横では、エディスが陽気な鼻歌を歌っている。

 いつもながらひどい音程だ。

 こんな陰気な場所でよくそんな場違いな曲を歌えるものだ……と、一言文句を言おうとし、俺はふと奇妙なことに気づく。


「なぁ、エディス」

「なぁに?」

「お前、体が大きくなってないか?」

 振り向いたエディスは、明らかに成長していた。

 普段のエディスが八歳ぐらいなら、今は十二歳ぐらいだろう。

 俺の腰までしかなかった身長は、いつのまにか胸元あたりにまでになっている。

 ……どう考えても異常だ。


「あーうん。 まぁ、これはしょうがないのよねぇ。

 そういう存在だとおもってくれるとうれしいなぁ」

 つまり、自分が異常な存在であることを隠す気もないということか。

 いっそすがすがしいほどの開き直りだ。


 だが、その時である。

 エディスの雰囲気が少し変わった。

 なにか目に見えて変わったのではない。

 そう、今まで見ていた花束の絵が、実は造花をモデルにしたものだったと聞かされたかのような、恐ろしく言葉にしづらい違和感。


 そしてエディスは、俺の思いもしなかったことを口にしだしたのである。


「そだね、ただ歩くのもつまらないしぃ、たまには私が昔話をしてあげるねぇ」

 きっと、胸糞が悪くなるような……ロクでもない話だろうな。

 俺は笑いながらそんな台詞を口にしたエディスをみて、そう確信した。

 そしてその予感はこの上も無く正しかったのである。


「これはクラエスの来る前の話なんだけどぉ、この地にはとんでもない強欲な代官が住民たちを苦しめていたの」


 その代官は、こともあろうか収穫された作物をすべて税として取立て、食料を含むすべての生活必需品を配給制にしていたのよ。

 もちろん、人が生きてゆくのにそれで足りるかどうかも考えず、ただ自分の都合に合わせた量だったから、この地域では毎年餓死者が多くてね。


 しまいには、隣人はおろか家族の間でも共食いが日常化していたわ。

 だって、そうしなきゃみんな死んじゃうから仕方がないわよね?


 優しかった家族が、泣きながら自分の首を絞めて殺そうとしたときの気持ちがわるかかしら?

 なんとね、安堵と寛容なのよ。

 この生きる苦しみが終わるという安堵と、自分の骨と皮しかない体で愛すべき家族の飢えを癒やすことができるなら……と、極限状態において人はこの上も無く純粋で聖なる存在になることができるの。

 すばらしく美しいでしょ?

 まぁ、全部が全部そんなケースではなかったけどね。


 そしてなぜこの領地において、そんな悲惨な状態がいつまでも続けられるかというとね……。

 極限まで悲惨だったからよ。


 クラエスなら知っていると思うけど、人間ってね、極限まで搾取された状態だと反抗したりしないのよ。

 そんな気力すら奪われてしまうから。


 反乱を起こすのは、いつだってものを考える余裕が出たとき。

 だから、この領地の運営は最悪な形で安定していたの。

 犯罪を起こそうにも、その気力すら住民には残されてなかったしね。


 もちろん人が足りなくなることもあるけど、どこかからか奴隷をつれてきて補充すればすぐに元の状態に戻るわ。

 たぶん、そのままだったら村人が一度に一人残らず自殺でもしない限りこの状態が続いたでしょうね。


 そう呟くエディスの声には……いや、おそらくエディスという媒体を借りた何かは、侮蔑交じりの愛情を漂わせた言葉で俺に凄惨な過去を語るのだった。

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