第7話
「よし、決めた。 こいつはやっぱり捨ててこよう」
「えぇっ!? そんな! 父上、それはご無体です!!」
俺の言葉に、ラウリは目を見開いて反対を告げた。
「だいたいだな、癒しも可愛げもなくて、鳴きもしなければ芸もない。
なのに手間と面倒だけはかかるような生き物をペットとして飼う理由がないだろ!」
そこで俺は、後ろでヘリナと一緒に奇妙なダンスを踊っていたエディスの腕を引き、ラウリの前に突き出す。
「そもそも、うちはエディスという穀潰しを飼うだけでもいっぱいいっぱいだ!」
「な、なんという説得力!?」
その瞬間、ラウリは目の端に涙を浮かべ、この世の終わりのような顔をした。
こいつもエディスにはさんざん研究を邪魔されたからな。
特にあの『お茶投げ』という、あらゆる書類を汚染する悪魔の競技は永久封印するべきである。
「わかったら、とっとと廃棄する準備をするぞ!」
「そんなぁ! エサはかからないし巧く躾ければ芸もできますし、ちゃんと役に立ちます!」
えぇい、まだ言うか!
「そもそも、こんなものをペットとして認められるか」
「そこをなんとか!!」
なお、勘のいい人はお分かりかも知れないが、俺たちが話題にしているのは先日から封印したままになっている病魔のことである。
その辺の生き物とは危険度が比較にならない。
「……ちなみにどんな芸ができるんだ?」
「皆殺しと皆半殺しです」
一瞬の躊躇もなく、ラウリが真顔で答えを返す。
俺たち親子の間に、耳鳴りが聞こえそうなほどの痛い沈黙が舞い降りた。
「よし、やっぱり捨てよう」
「お願いです、父上。 もっと僕に研究をさせてください!!」
「やかましい。 そもそもお前の研究は、世界征服のために使う兵器の開発だろうが!」
「父上、世界征服は男のロマンです!!」
「俺のスローライフを邪魔する者は、わが子であろうと許さん!!」
俺とラウリが親子の語らいをしていると、後ろで誰かがボソリとつぶやいた。
「クラエスの旦那……あれでスローライフのつもりだったんだ」
「やかましい。 俺だってもっと平穏な日々を過ごしたかったよ!」
自覚はあるんだから、傷をえぐるな!
「ねぇ、お父様。 捨てるといっても、どこに捨てるの?
病魔を野放しにするのは悪いことよ?」
だが、そこにまともな疑問を持ち込んだのは、娘のヘリナだった。
物静かで口数の少ないせいかラウリの影に隠れがちな彼女だが、その知性はむしろラウリよりも高いと俺は見ている。
「心配しなくても、ちゃんとアテはある」
そうつぶやきながら、俺は機嫌の悪さを隠そうともせずにエディスをにらんだ。
目があったことに気づくと、エディスは人知れず邪悪な笑みを浮かべる。
……普段のヘッポコサも、この邪悪さも、両方ともまぎれもない本性なのだから性質が悪い。
「精霊の墓所……ですかニャ?」
代官屋敷の仕事部屋にてムスタキッサの呟いた声は、疑問ではなく心配するような色が強かった。
「そうだ。 この魔境ケーユカイネンにおいてなお、最悪の魔境というべき場所だ」
業務の引継ぎのための書類を整えつつ、俺はムスタキッサの言葉を肯定する。
だが、次の瞬間、太い腕がうなりをあげて飛んできた。
幸い、害意のあるものではないのだが、かなり痛い。
「少し力を緩めてくれないかアーロンさん」
俺の体を涙目で抱きしめているのは、筋骨隆々とした赤鬼である。
なぜか俺のことを我が子のように扱う傾向があり、その愛情は嫌ではないものの少々重い。
「俺が精霊の墓所にゆくのに反対なのか?」
丸太のような腕に抱きしめられながら、俺はレッドオーガの体に宿る火の大精霊の顔を見上げる。
すると、アーロンさんばかりでなくいつの間にか部屋にきていたマルックさんとパーヴァリさんまでもが同時に頷いた。
「まぁ、心配するのはわかるが、俺に関しては大丈夫だ……そうだろ、エディス?」
「うん、そうだよー ほかの人は近寄ったら死んじゃうけど、クラエスだけは大丈夫」
振り向くと、エディスがいつもの間の抜けた笑みを浮かべながら、気の抜けたしゃべり方で俺の言葉を肯定する。
おまえ、それはぜんぜん信用させようと思ってないだろ。
「いい加減なことを言うんじゃないニャ、このヘッボコ精霊!!」
「あー ひっどーい! たしかにちょっと失敗が多いのは認めるけどぉ、こればっかりは本当なんだからぁ」
ムスタキッサに疑問の視線を向けられると、エディスは頬を膨らませながら俺の腕にしがみついた。
やめろ、エディス。
お前のヘッポコさだけは、いかな俺でもフォローしきれん。
「父上、その魔境には僕もついてゆくことはできないのでしょうか」
「……俺以外の存在はみんな干からびて死ぬらしいぞ」
ラウリが物欲しげな目で俺を見てくるが、こればっかりは許可することができない。
なによりも、その権限を持っているのが気まぐれでいい加減なエディスなのだから、その悪い意味での保証のゆるさが想像できるだろうか?
たとえるなら、蝶々結びでつないだロープで崖下にバンジージャンプするようなものである。
俺だって、できることならばこんな恐ろしいことはしたくない。
「とにかく、このようなものは人の世にあってはならない。
この俺が責任を持って始末するから、皆は後のことを頼む」
俺が厳重に氷漬けにされた病魔をコンコンと拳で叩きながら告げると、それ以上何か行ってくる奴はいなかった。
「心配するな。 俺は必ず帰ってくる。
……まだまだ書きたい話が、人に読ませたい話が一杯あるんだ」
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