第14話

「……理由はそこのダークエルフか」

「その通り。 皇帝シュルヴェステルの手勢に襲われて住処である森を奪われそうになっているダークエルフを、我々は救済することにした。

 そのランプの中身はそのために使うつもりだったが、そんな動きすらもお前はお見通しだったってわけだ」


 あぁ、確かにあったな、そんなシーン。

 パシの言葉に、俺は一人で納得する。


 たしか……ダークエルフとエルフが手を組み、エルフに伝わる古代兵器を持ち出して帝国に反撃をするという話だったか。

 俺はその古代兵器をランプと設定したわけではないから、いまひとつピンとこなかったようである。


「おそらくお前の描いた物語にそういう展開があったのだろうとは思うが、帝国の連中はいつの間にかしっかりと我々の中に裏切り者を作り出していて、まんまとランプを外の世界に持ち出されてしまったよ」


 だがそのとき、俺とパシの間に割り込んできたのは、ダークエルフの暗殺者だった。


「おい、話が見えない。 なんでこの人間の男が俺たちの森が襲撃された原因なんだ!?」


 まぁ、たしかに横で聞いている人間には理解できない会話であると俺も思う。

 だが、説明は面倒だな。

 俺がそんな事を思っていると、パシがそのままダークエルフに答えを返した。


「さっき話しをしただろう? こいつが決して中身を人に見せなかった物語があると」

 なんだ珍しいな。

 パシのやつ、そんな話までしていたのか。


「たぶんその中に書かれていたんだよ。

 人間の英雄である王がダークエルフの森を制圧するシーンがな」

「意味が……わからない」

 目を見開いて脂汗を流すダークエルフに、パシは小さくかぶりをふって残酷な真実を告げた。


「つまりこいつはな、たった十六歳という年齢で書き上げたのだよ。

 ――シュルヴェステル王物語という、ほぼ預言書に等しい物語をな」

 それは、国を追われたシュルヴェステルが王となり、やがてこの大陸を統一する物語である。

 同時に、他の全ての国に対して破滅をもたらす呪いの書だ。


「九年前……政敵に追われてこの国に身を潜めていたシュルヴェステルは当時のクラエスに出会った。

 そしてクラエスは、自分の知力と憎しみの全てをこめてシュルヴェステルのための物語を書き上げ、その男に渡したのだ。

 何が書かれていたのかは誰も知らない。

 だが、シュルヴェステルはその物語を手にしてすぐに故郷で王位につき、周辺の国家を次々に制圧。

 今やこの大陸でも三本の指に入る大帝国の主だ」

 これだけの実績があれば、もはや誰もその物語に書かれた内容を無視することは出来ない。

 だが、そこに記述された内容を知るのは皇帝シュルヴェステルと、作者である俺のただ二人。


「わかるか? なぜこのクラエスという男が天才と呼ばれるか。

 こいつはな、物語ひとつで一人の男を皇帝にのしあげ、いくつもの国を滅ぼし、帝国を作り上げたのだよ」


 パシが語り終えると、ダークエルフは恐怖と憎悪の入り混じった顔で何かを言おうとし、そして何度もためらいながら告げた。


「そんなものはもう、人じゃない。 神か悪魔だ」

 あぁ、そうかもしれんな。

 だが……


「悪いが、その台詞はもう聞き飽きているんだ。

 俺は神でも悪魔でもないし、そのどちらになりたいとも思わない。

 この辺鄙な田舎で、ただひたすら平穏に暮らしたい……それだけなんだがな」

 しかし、それを言っても誰も信じない。

 今も俺は公爵の監視の下、伯爵の代官として陸の孤島のような場所にやんわりと押し込められている。


 なぜなら、俺の描いた物語は皇帝シュルヴェステルがこの国を滅ぼすことを前提としているからだ。

 あれから八年以上たつ今も、この国は当時の俺の悪意によって滅びへの道を歩み続けている。

 昔ほどじゃないにせよ、俺はいまだにこの世界を憎んでいるのだ。

 

「だったら、そのランプを返してくれ。

 なんなら中身を移してこちらに引き渡してくれるだけでもいい。

 そこに封じられている古の病魔なんぞ、お前の悪意と比べればクシャミみたいなものだろう?」

 あぁ、クシャミといえばこいつらにもそろそろ服を着せてやらなくてはなるまい。

 パシなんぞ、これだけ鍛え上げられた体をしているくせに、すぐ風邪をひくのだ。


 俺は自分の上着を脱ぐと、むさ苦しいパシの体にかけてやった。

 他のエルフは風邪を引くかもしれんが、こいつは名目上俺の身内に入るのだから不公平な扱いについては許してもらおう。


「なるほど、病魔か。 どうするんです伯爵?

 その病魔入りのランプ、憧れの人にプレゼントするんですか?」

 俺が伯爵を振り返ると、奴はすでにランプを手近にあったテーブルに置き、部屋の隅にまで移動していた。


「な、ななな、何を言うでしゅ!

 そんな事をしたら、我輩が嫌われるどころか向こうの公爵家から恨まれてしまうでしゅ!!」

 いや、そもそも最初から嫌われていると思うんだがな。


「そ、そうだ、クラエス・レフティネン!!

 このランプから病魔を分離するでしゅよ!!

 どうせ、こやつらもランプ自体には興味がないはず!!」


 なんと、この期に及んでまだそんな事をいえるのか。

 こいつの欲深さもたいしたものである。


「いや、そもそもそれは盗品だってわかってますか?

 どう考えてもエルフたちに返すべきですし、盗品と知っているものをプレゼントにしようと考えた時点でものすごい侮辱です。

 向こうの公爵家から殺意を抱かれますよ?」

 俺が珍しく優しい口調でブタ伯爵を諭していた、その時である。


「くーらーえーすぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 能天気な声とともに、突然部屋の扉が開かれた。


「むっ、エディス!? なぜ!!」

 奴がカ・カーオの実を数え終わるまでには、少なくともあと数時間はかかる計算だったはずである。

 なぜだ!?

 まさか、大陸の運命ですら思うがままに動かしているこの俺が、こんな駄目精霊一匹の力を図り損ねたというのか!!


「数え終わったよー! 気がついたら三つしかなかったぁー!」

「しまった、その展開は予想してなかった!!」

 おそらくカ・カーオの種は周囲に飛び散ってしまい、人が見ていないことをいいことに、面倒くさがって落ちたものを全てノーカウントにしてしまったのだ。


 恐るべし、エディス! まさか、俺の予想をさらに下回る駄目精霊であったとは!!


「ねぇー 褒めて褒めてぇー…… え? あ、うひゃぁぁぁぁん!?」

 さらに俺に抱きつこうと走りよってきたエディスは、何も無いところでなぜかつまずき、その手にしていた鍋がかなりの勢いで宙を舞う。

 そしてその行く手には……例の病魔を封印したランプ。


「うわぁぁぁぁ! やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 普段はスカした顔をしているパシの顔が驚愕にゆがみ、そのほかの連中があわててランプに駆け寄ろうとする。

 だが、いまさらそんな行為が間に合うはずも無く……


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 ガチャン!!

 鍋底の一撃を受けたランプは見事ひび割れ、黒い煙がシュウシュウと音を立てて漏れ始める。


「ムネーメ! 風を使って黒い煙を一箇所に集めろ! アーロンさんに焼いてもらえ!!

 マルックさん、壊れたランプを氷で包んでくれ! 他の精霊は応急措置の準備!!」

 俺の声に反応して一瞬で現れたマルックさんが、その強大な魔力にて煙を上げるランプを氷の中に閉じ込める。

 そして氷の中では、ガラスで出来ているずのランプが腐食して黒い染みのようなものへと変わっていった。


「これは……どうするべきか」

「封印が不安定すぎて、長距離の移動はおそらく耐えられないわね」

 氷の中でもがく病魔を見つめ、パシが仲間の魔術師に意見を求めるものの、彼女は首を左右に力なく振るだけである。


 続いてパシは、情けない顔で俺の顔を覗き込んだ。


「我が義理の弟よ」

「……頼みたいことがあるなら素直に言え」

 この大惨事一歩手前の状況も、元はと言えば俺と俺の身内のしでかした代物である。

 協力を求められれば嫌とはいえない。


 その後、やむなく俺たちはこの屋敷に病魔を封印する場所を設置。

 エルフとダークエルフたちは、この屋敷にて病魔をコントロールするための研究をすることになったのである。

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