第12話
「ようこそ楽しい迷宮へ!」
「ここからは、僕たちが歌と踊りときれいな花々で君たちをもっと楽しくさせてあげるよ」
迷宮の闇の中から現れたのは、マスコットキャラでも言うべきだろうか?
パステルカラーの衣装に身を包んだ愛らしい人形たちであった。
普通ならば拍子抜けして脱力しそうな状況だが、エルフたちの反応は違った。
マスコットたちが一歩前に出ると、それにあわせて一歩後退る。
「おい、油断するなよ。 あのクラエスのやることだ。 どんな罠を仕込んでいるかわからないからな」
むしろ攻撃的でない見た目がこの上も無く怪しい。
クラエスという男を知るほどに、彼らの警戒心は強くなってゆく。
「あぁ、さっきのふざけたゴブリンたちのお陰でよくわかっているさ」
その台詞とともに、ダークエルフは一番近くにいた人形に狙いを定めると、牽制とばかりにナイフを投げつけた。
――トスッ。
「いったーい。 ひどいなぁ、もぉ」
ダガーは過たず人形に突き刺さり、人形の首が暗い迷宮の床にコロンと転がる。
「こらー この、いたずらっこめ!」
「こんな事をするのは、ストレスが溜まっているからだね!」
「そんな時はどうする?」
「そうだ、みんなで歌おう!」
「さぁ、もういちど。 そんな時はどうする?」
「そうだ、みんなで陽気に歌おう!」
「そんな不機嫌な気分は時はどーするぅー!?」
「歌って踊って愉快に笑おう! さぁ、音楽を鳴らすんだ!!」
そして人形たちは、死に掛けの虫のようにカクカクと手足を動かしながら、場違いなほど明るい声で歌いだした。
――あきらめよう、あきらめよう。
無駄なことはやめてあきらめよう。
明るくて、曲と呼ぶにしてもあまりに単調な歌声。
気がつくと、その歌は人形だけでなく、迷宮の壁や地面からも響いていた。
「なんだ……いったい何をする気なんだ?」
とてつもない違和感を覚えてエルフやダークエルフが冷や汗をかく中、ついに異変が始まった。
「見ろ……花だ」
気がつくと、迷宮の壁や床、天井にいたるまで、ぽつぽつと花が咲き、その花びらが、魔術の灯りに照らされて雪のように舞い落ちる。
それだけならば、実に幻想的で美しい光景だ。
だが、その花々は見る見る間にその数を増し、迷宮の空間を猛烈な勢いで埋め始めたのである。
命の危険を感じるほどに。
「くっ、逃げろ! 花に埋もれて窒息死するぞ!!」
その言葉に、慌てて彼らは走り出す。
だが、不気味な音楽はどこまでも彼らを追い続け、そこに大量の花を生み出してゆく。
ケーユカイネン特産の第一魔法植物エウテルピアの更なる変種、テレプシコラ。
この植物もまた、音楽に宿る魔力を吸収して魔法的な速度で繁殖する魔法植物である。
本来は養蜂のために品種改良された植物であるが、この迷宮を作った地の精霊たちは、この植物をデストラップとして使用することを選んだのであった。
「もぅ、いやぁぁ!! こいつら、全部吹っ飛ばしてやる!
――碧海の中に生まれし火を噴く島の産声とその権能において。
神をも焼き焦がす火の女神の報復において。
地獄を地獄たらしめし破滅の力において。
大いなる怒号よ、来たりて目の前の世界を砕き屠れ……」
「やめろ、こんなところでそんな魔術使ったら俺たちまで塵になるぞ!!」
花の雪崩に対して禁呪を放とうとした仲間を、ダークエルフが慌てて止める。
「じゃあ、どうすればいいのよ!」
再び走りながら、エルフの魔術師は息を切らしつつ怒鳴りつけた。
エルフの体は持久力に乏しい傾向にあり、マラソンの類は大の苦手である。
このままではすぐに花に埋もれて窒息することになるのは目に見えていた。
「沈黙の魔術ならば、あるいは……
親愛なる大気の精霊よ、我は沈黙の中に美しさを見つけたり。
風の中を行き交う全ての歌を無きものと為し、しばし静寂に耳を傾けよ」
エルフの剣士が精霊術を放つと、その場から全ての音が消え去る。
……だが、花の生み出されるスピードは弱まったものの、その全てが止まるわけではない。
「くっ、壁や床を伝う音までは防ぎきれないか!」
必死で逃げるエルフたちを、色とりどりの花が次々に飲み込んでゆく。
重い鎧と武器を携えた連中は比較的つぶされるのが早かった。
体力に乏しい魔術師や精霊術士もまた、早々に花の中に消えてゆく。
そして最後の一人……ダークエルフの暗殺者が飲み込まれ、ようやく音楽が止まった。
彼らは最後まで気付くことはなかったのである。
その音楽が、彼らの大きな声や足音に反応して鳴り響いていたことに。
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