第11話
「クソみたいな話だな。 この迷宮と同じぐらい胸糞悪い」
「そうだな。 だが、本当に救いの無いのはここからだ」
クラエスを救おうとするミルカ
だが、状況絶望的だ。
このままではクラエスは放校処分となり未来が閉ざされる。
だが、もしもハンヌの不正を暴けば、王族に恥をかかせたという理由で貴族たちに忌み嫌われて未来が閉ざされる。
もはや、どう転んでも彼に先は無かった。
だが、この絶望的な状況にもかかわらずクラエスだけはまるで動じたようには見えなかったのである。
それゆえにミルカはたずねた。
なぜ君はそんなに平然としていられるの?
すると、クラエスは答えた。
別に? ……文官になりたいわけでもないし、ここで学べるものなど、もう何も無いから。
だいたい、あの答案にしてもあらかじめ金もらっていて、わざとハンヌに答えを教えてやったんだ。
もっとも、あいつが俺の答えをそのまんま書いて不正がバレてしまうしまうような間抜けだって事も知っていたけどな。
その顔に浮かんだ、全ての感情をそぎ落としたかのような笑顔に、ミルカは恐怖した。
これは、人を愛することを知らない者の顔だ。
そして愛されることも知らない人間の顔だ。
たぶん、この少年は自分の生まれ育ったこの国を心の底から憎んでいる。
この少年をこのままにしてはいけない。
さもなくば、何か恐ろしいことが起きる。
「……女としての直感という奴だろうな。
まさにミルカの予感は正しかった」
「何があったんだ?」
「その答えはもう少し後にして、話を進めさせてもらう」
ミルカは決意した。
自分の教え子一人救えないで、何が教師か。
クラエスを処分しようとする学園の上層部をなんとか押しとどめ、彼を学園にとどめようとあらゆる手段を使った。
だが、そんな彼女にもクラエスは決して心を開かず、無駄なことをするなとののしった。
しかし、そのかたくなな態度の裏に底知れぬ孤独を感じたミルカは、次第に一人の教師としての範疇を超えた感情をクラエスに対して抱くようになる。
そして、そこに一人の協力者が現れた。
クラエスにとって姉のような存在である、ブリギッタという女性だ。
彼女はクラエスを物理的に締め上げると、何をたくらんでいるのかと彼を問いただす。
なぜならクラエスは、彼にとって数少ない心を許した人間……ブリギッタに対し、この国から離れるよう警告を行っていたからだ。
クラエスという男の恐ろしさを良く知っていた彼女もまた、この少年が何か想像もつかないほど恐ろしいことを考えていると見抜いていたのである。
すると、クラエスはあざ笑うかのような顔でこう告げた。
「俺は小説家だからな。 物語を売っただけだ。 ただし……隣の国の人間にな」
ブリギッタは何かに感づいたのか、その物語を見せろとクラエスに迫った。
だが、奴は頑としてそれだけは譲らない。
そして次善の手をうつべくブリギッタがいなくなった後、クラエスはミルカにも無駄なことなどしていないで森へ帰るよう忠告をする。
しかし、ミルカもまた自分の考えを譲らなかった。
すると、クラエスは突如として怒りをあらわにし、野獣のような本性をむき出しにしたのである。
襲い掛かるクラエスに、ミルカは成すすべも無かった。
少年とは言っても、当時のクラエスは十七歳。
奴の体は彼女よりも遥かに大きく、そうでなくともクラエスという男は剣術や体術においても百年に一人といわれた化け物だった。
奴は彼女の服に手をかけると一気に引き裂いて、理不尽な暴力に震える彼女に向かってこう告げたらしい。
おい、耳長女。
これでもまだ俺を救おうというのか?
泣けよ。 喚けよ。
教師としての愛情だなんて理屈はいらないし、哀れみを明けるのもはもう飽きた。
誰かに利用されるのも、もう真っ平だ。
みんなぶっ壊してやる。 みんな俺より不幸になればいい。
ほら、お前も他の奴と同じように、俺を憎んで罵しれよ。
さもなくば……犯すぞ。
だが、ミルカは震えながらも奴に告げた。
それはできないわ。
もし私が君を見捨てたならば、それは私の敗北に過ぎないじゃない。
泣きたければ、すがり付いて泣けばいい。
私の体を抱きたければ抱けばいい。
ただし、私を一人の女として受け入れる勇気が君にあるかしら?
君は、君が思っているより本当は優しい人間だって気付いてる?
でなければ、有無を言わせずそのまま襲っているよね?
もしも……私が君を一人の男として受け入れる覚悟があるといったら、君はどうする?
「まぁ、その時の話はミルカがあまりしゃべりたがらないのでよく知らないが、たぶんそのあとクラエスの奴はミルカを一人の女として受け入れたんだろうな。
だが、その後が最悪だった」
「最悪?」
「あぁ。 まず学園に保管されていたクラエス・レフティネンとハンヌ・イッロ・カリオコスキの答案が紛失した。
これで本当に不正があったのかどうかが、誰にも判断できなくなってしまったんだ」
「……それって、まさか!?」
話を聞いていたダークエルフたちが絶句する。
「あぁ、クラエスだよ。 奴がハンヌ・イッロ・カリオコスキの父親である公爵に掛け合って、裏から手を回したんだ。
公爵家にとっても、あからさまな不正でクラエスを学園から追放して平民の連中の憎悪を掻き立てるより、事件を根本からうやむやにするほうが色々と都合がいい」
だが、本当の最悪はここからであった。
「そして、その紛失の責任を、奴らはこともあろうかミルカに押し付け、彼女を教職から追放した」
そこまで語ったところで、エルフの剣士は足を止める。
ダークエルフの暗殺者もまた、同じように足を止めた。
「残念だが、話はここまでだ。 お出迎えらが来たしい」
闇の向こうに光る目を見つけ、そして彼らは一斉に武器を構えたのである。
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