第10話
「……くそっ、なんでざまだ。 逃げ出すしかないとは」
「そう言うなダークエルフの。 アレをまともに相手をしていたら使命が果たせなくなる」
「そうだな、俺たちの役目はランプの奪還。 この地の戦力を削ることじゃない。
それよりも、見てみろよ。 あの建物、怪しくないか?」
言われてその方向を見ると、そこには見慣れた建築様式の大きな建物が見えてくる。
だが、あまりにも異常な建築物が立ち並ぶ中に、ひとつだけ当たり前の建物が建っていると、もはや違和感しか覚えない。
「なぁ、もしかしてアレが代官の屋敷か?」
「かもしれない。 少なくとも、一番異常な建物が何かといわれたらあそこだな。
あの快楽主義者なら、おそらくあそこに住むだろう」
思わず足を止めて、その建物にいぶかしげな視線を送るエルフたち。
そんな彼らに、どこからともなく話しかける声があった。
「まぁ、その感想に関してはおおむね異論は無いが、快楽主義者といわれるのは心外だな。
むしろ、小説家など他人の快楽のために働く奉仕者というべき存在ではないかね?」
建物の陰からふらりと現れたのは、今回の件で予想される最大の障害……クラエス本人である。
「貴様、クラエス・レフティネン!!」
なぜこんなところに?
言うまでも無く、何の考えもなしに姿を見せるような相手ではない。
「ようこそ、諸君。 ……以前見知った顔がいくつかあるようだが、よもやお前らが俺に会いにくるとは意外だったぞ」
「それなりの理由があればな。 それよりも、お前の主が不当に所有しているランプ、返してもらおうか!」
「あいにくと本人にその意志がない以上、俺にはどうにもできない。
あぁ……ここまで俺の足止めにつあってくれてありがとう。
礼として、えりすぐりの悪夢でお前らを歓迎しよう」
その言葉が終わった瞬間、目の前に石の壁がせりあがる。
奴の狙いはこの仕掛けが終わるまで自分に注意をひきつける事だったか!?
気付いたときにはすでに遅く、石壁は乗り越えられない高さまでせりあがっていた。
「ま、まて……まだ話がある!!」
「知らぬ仲ではないが、あいにくと俺は忙しいんだ。
だが、迷宮を見事抜け出したらそのぐらいの時間は作ってやろう。
せいぜいがんばれ」
そう告げながらクラエスの気配がその場から離れてゆく。
「くそっ、舐めるな!!」
暗殺者であるダークエルフ履き捨てるように呟くと、自分たちを囲む石壁の角の部分に駆け寄り、その石壁をけった反動をつかってどんどん壁を登ってゆく。
「……ぐっ!?」
だが、その体が石壁の上にきた瞬間、飛来した小さな石が暗殺者の体を壁の内側へと叩き落した。
「付き合いの悪い奴は嫌いだぞ?」
石を投げ終わった姿勢のまま、クラエスは唇の端だけを吊り上げた凶悪な笑顔で呟く。
同時に、石壁の内側の地面が崩れてエルフたちを地下に飲み込む音が響き渡った。
「地の精霊たちが作った自慢の迷宮だ。 せいぜい楽しんでくれ」
それだけを呟くと、クラエスはふたたび踵をかえして館へと戻っていった。
「くそっ、遠慮なく石をぶつけやがって……あの陰険野郎、いつか必ずブッ殺してやる」
クラエスの投げた石を受けたわき腹を押さえながら、ダークエルフが憎々しげに呟く。
「悪いが、それは我々エルフが先約だ。 奴には、かつて一族の者を弄ばれた恨みがあるからな」
魔術で灯りを灯しながら、エルフの魔術師が冷え切った声で返事を返した。
「恨みねぇ……いったい何があったっていうんだ?
事としだいによっては奴の首級を譲ってやっても良いぞ」
油断なく周囲を見渡すと、そこは暗い通路が延々と続く陰気な迷宮の中だった。
上を見れば、まるで植物のように石壁が伸びて頭上を塞いでゆく。
どうやら地上に戻りたければ、この面倒な地下迷宮をさまようしかないらしい。
「あまり口にしたい話ではないのだが、まぁ、いいだろう」
ダークエルフの暗殺者の言葉に、エルフの剣士は遠い目をしながら重い口を開いた。
同時に、彼らは重い足を引きずりながら暗い道を歩き始める。
「ある日のことだ。
我々の長の娘が、人間の世界を勉強すると言って森を出た。
およそ十年以上前になるだろうか」
人間たちの街にやってきた彼女は、色々と考えた挙句に学校の教師になることにしたらしい。
長の娘であった彼女には十分な教養もあり、最初の頃こそ文化や風習の違いで周囲と衝突することもあったものの、やがてその聡明さによって多くの友人に恵まれ、生徒たちにも慕われてゆく。
だが、そんなある日のことだった。
学校のテストで、彼女の担当しているクラスの生徒の不正行為の疑惑が発覚したのである。
なんと、天才と名高いクラエス・レフティネンという少年が、隣の席であるカリオコスキ家の三男……ハンヌ・イッロ・カリオコスキの答案を盗み見たというのだ。
ありえない。 誰から見ても不正を行ったのはカリオコスキ家の三男である。
だが、クラエス・レフティネンは平民であり、ハンヌ・イッロ・カリオコスキは国王の甥であった。
王族がそのような不正を働いたなどという風聞が広まれば、都合の悪い人間があまりにも多すぎたのである。
そして彼女、ミルカ・カレヴィ・アハマヴァーラの理想はあまりにも美しすぎたのだ。
少なくとも、おぞましい感情の蠢く人の世界で生きるには。
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