第9話

「そこまでだ、われらが領地を荒らすエルフ共!!」

 その奇妙なゴブリンたちは、やや芝居のかかった声で彼らに告げた。


「キントッキ」

「チデークニィ」

「ゴスン」

「クロダー」

「我ら、ゴブリン・キャロットナイト特戦隊!

 我ら五人、クラエス様に成り代わり貴様らを成敗する」

「ちょっとまって! 俺、まだ名乗ってない!」

「なっ、お前いつも要領悪いんだよパースニップ!!」

 五人のゴブリンがまるで演劇のように綺麗に揃ったポーズをとると、意味も無く彼らの背後が五色の鮮やかな爆煙を上げた。

 いや、ふざけているようにみえて実は敵襲を周囲に知らせる狼煙の役割を果たしているのだから決して侮れないのではあるが。


「な……なんだ、こいつら? なぁ、ダークエルフの。

 ゴブリンというのは、こんな愉快な生き物だったのか?」

「俺たちに聞くな、エルフ共!

 こんな異常な場所にいるのだから、ゴブリンもきっとおかしくなっているのだろうよ!」

 彼らの常識でコレをどう判断するかといわれても、困惑するしかなかっただろう。

 もしも彼らにパイヴァーサルミを観光する余裕があったのならば、これが街ではやっている子供向けの人形劇を元にしたパフォーマンスであることに気付いたに違いない。


「ゆくぞーみんな! ……蒸着!!」

 周囲の地面から、キラキラと石英の粒が舞い上がってゴブリンたちの体を覆い、ゴブリンたちの姿が水晶の鎧に覆われた騎士と変化する。

 その姿は、第三種魔法植物ナイト・オブ・ラウンドに酷似していた。


「なんだこれは!?」

「気をつけろ! 言動の愉快さに惑わされると死ぬぞ!!」

 その異様な魔力を感じ取り、即座にエルフやダークエルフの顔に真剣な表情が浮かぶ。


 第一種魔法植物エクスキャロバーンとの相性のせいで愉快な性格のゴブリンしか担い手がいないのだが、全身強烈な魔刃の魔術を纏い、悪い冗談のような対魔術抵抗力を持つキャロットナイトはまさに化け物としか言いようの無い存在であった。


「行くぞ、悪者共!!」

「成敗!!」

 キャロットナイトと化したゴブリンたちは、水晶から魔術で作られた武器を構えると、一斉にダークエルフたちに襲い掛かる。


「うわぁ、なんで俺たちのほうにばっかり来るんだよ!!」

「そりゃイメージが悪いからだろ!! 避けろ! 絶対にそいつらに触るな!!」

「いわれなくても!!」

 必死の形相で避けたダークエルフの横で、地面がバターのように切り刻まれる。

 カウンターとばかりにエルフたちから弓矢と魔術が飛ぶが、矢は鎧に触れる前に細切れにされ、魔術は水晶の鎧にあっさりはじかれた。


「う、うそだろ……」

「なんてものを生み出しやがった!!」


 正直な話、武術の腕前も兵士としての錬度もたいしたものではなかったが、この基本性能の高さはあまりにも驚異的である。

 相手の力量がたいしたこと無いため、むしろ互角に戦われている現状はこの上も無く屈辱であった。


 すかさず隙をついて暗殺者のダークエルフが背後から襲い掛かるものの、ダガーを鎧の隙間にねじ込む前に自前の刃物が砕け散る。

 どうやら奴らの体を覆う魔刃の結界にはほとんど隙間が無いらしい。

 事実上の物理攻撃無効だ。


 エルフの剣士は舌打ちをすると、地面に剣を突き立てる。

 そしてキャロットナイトに土砂を投げつけて、魔刃の結界のどこかに隙間が無いかを探った。

 だが、その結果得られたのは絶望のみ。

 残念だが、剣士や暗殺者の力ではどうにもならない相手であるらしい。


 ――ならばどうする?

 エルフとダークエルフたちは互いに視線を見合わせると、言葉もなしに動き始めた。

 彼らは巧みに立ち居地を調整し、キャロットナイトたちが全員揃って一直線に襲い掛かってくるように誘導するが、キャロットナイトたちは気付かない。


「この世に悪の栄えたためしなぁぁぁぁし!!」

「お覚悟ぉぉぉぉ!!」

 そのまま決め台詞を吐きながら、キャロットナイトたちは真っ直ぐにダークエルフたちにむかって突っ込んでくる。


「中身がお前らで助かったぜ!」

「あいにくと、こちとらお前らとは踏んできた場数が違うんだよ!!」

 その台詞とともに数人の魔術師が地の精霊に干渉し、キャロットナイトたちの進行上に足場の悪いぬかるみを作り出した。

 そこに踏み込んだキャロットナイトたちは鎧の重さに耐えられず、ずぶずぶと沈み始める。


「ぬおわっ!?」

「ひ、卑怯だぞぉぉ!!」

 直接魔術をかけることが難しいなら、副次的な効果で攻めるべし――魔術を使うものならば、常識である。

 これで中身が錬度の高い戦士であったなら、いかなエルフとダークエルフの精鋭たちといえども多大な犠牲を強いられたに違いない。


 背中にうすら寒いものを感じながらも、彼らはその場を後にした。

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