第8話

「旦那、エルフ共が領内に入り込んだようです」


 その報告を聞いたとき、俺が心の中で呟いた台詞は『まぁ、そんなものか』であった。

 まぁ、長生きだけあって妙な手管には事欠かない連中である。

 最初から雑魚を遠ざける程度の気持ちで仕掛けておいた霧と蜂だけで、どうにかなるとは俺も思っていない。


「そうか。 キャロットナイツの配置は?」

「万全ですぜ!」

 報告にやってきたゴブリンは、その精悍な顔に闘志をみなぎらせつつ力強く答える。

 キャロットナイツとはこのような時のために俺が鍛え上げたゴブリンの戦闘集団であり、その単純な戦闘力はこの国の近衛騎士たちに匹敵すると自負している。

 ……まぁ、まだ錬度の甘さは否めないがな。


「わかった。 全力を尽くせ」

「承知!!」

 俺の指示に従い、ゴブリンが不適な笑みを浮かべつつ部屋を出てゆく。


 だが、次の瞬間。

 誰かが後ろから俺の腕をつかんだ。

 振り返ると、そこには不安を顔に貼り付けたブタ伯爵がたっている。


「だ、だ、だだだ、大丈夫なのでしゅか、クラエス・レフティネン!

 はやくエルフを始末するでしゅ! でないと、我輩落ち着いて食事も出来ないでしゅよ!!」

 えぇい、面倒なやつめ。

 そもそも、事の原因は貴様だろうが。

 少なくともお茶うけのクッキーをバリバリ食いながら言う台詞ではないな、それは。


「なんともありませんよ、閣下。 それとも、この私めの力を信じてないのですか?」

 笑顔を浮かべながらも半ば嫌味をこめて吐いた台詞であった。

 だが、伯爵は怯えながらも嘲るという……小物キャラの職人芸のような器用な真似を披露しながら、ろくでもない台詞をかえしてきたのである。


「ふ、ふん! 心配しているのは貴様の実力ではないでしゅ!

 途中で面倒になって、我輩をエルフ共に売るのではないのかと疑っているだけでしゅ!」


 ……ほう、この俺が裏切るとな?

 これでも、最大限の誠意でもって努力しているつもりなのだが、それを立った一言で否定するのか。

 そのつもりならとっくに簀巻きにしてエルフに差し出しておるわ、この小物が!!


「あぁ、それは名案ですね」

「……ひっ!?」

 意趣返しで口にした性質の悪い冗談であったが、伯爵は本気にしたのか引きつった顔で小さな悲鳴を上げる。


「むろん冗談ですよ。 断言しますが、連中は閣下に指一本触れることすらありえませんね」

 そう言って微笑みかけたつもりなのだが、伯爵は即座に悲鳴を上げて自分にあてがわれた客室に逃げ込んだ。

 続いてガチャリと鍵をかける音。

 さらにガタゴトと部屋の中のものを使ってバリケードを設置している音まで響き渡る。


 すると今度はアンナが口を挟んできた。

「本当に笑い方の下手な男だな。

 あんな恐ろしい笑顔を向けられたら私でも今夜は眠れなくなるだろうよ」

「心外だ。 これでも顔は整っているほうだと褒められるほうだぞ?」

「顔がいいのは認めるが、お前のはどちらかというと世界の闇を凝縮した魔王の面の整い方だ。

 真顔のまま口元だけで笑うな」

 そんな酷い台詞を浴びせながら、アンナは俺の目じりを指先でぐりぐりと揉み解す。


「ところで、本当になんともないのか? 相手はあのエルフどもだぞ」

 続けて放たれた質問に、俺は鼻から息を吐きつつ肩をすくめる。


「この地にアーロンさんやマルックさんやパーヴァリさんの誰かが一人いるだけでも万が一は起きない」

 今回の件も、さっさと自分から乗り込んで始末をつけようとするアーロンさんをなだめるのが大変だったのだ。

 彼が手を出せば、おそらく数分で決着がつくだろう。

 マルックさんの台詞をエディスが翻訳した言葉だから、まず間違いは無い。


「そもそも負けたところであまり意味は無いしな」

 俺の言葉に、アンナは大きくうなずく。


「たしかに、悪いのはあのブタ伯爵だ」

「そう。 正義は最初から向こうにあるし、俺もただ義務に従っただけだ。

 だが、負けるのは大嫌いだし、せっかくだから楽しませてもらうさ」

 そのための仕掛けも山ほど用意してある。

 ただ、全部を使うことはできないので、どれを使えば面白いのか、非常に楽しく悩ませてもらった。


「おっと、その前に……エディス。 お前に重要な役目を与えよう」

「え? なになに?」

「ここじゃ説明できない話だから、ちょっとこっちにきてくれ」

 俺がエディスを連れて行ったのは、この屋敷の厨房である。

 そこには収穫されたカ・カーオが鞘に入ったまま山積みになっている。


「実は、今回の作戦においてこの豆がいくつあるかを数えなくてはならないんだ。

 これはお前にしか出来ない重要な任務だが、頼まれてくれないだろうか?」

「え? そんな重要な任務を私がやっていいのぉ!?」

 むろんそんな事はありえない。

 あからさまな嘘を告げた俺を、アンナが横から責めるような目で睨みつけた。


「この収穫した豆の鞘をぜんぶむいて、中の粒を数えてくれ。 数え間違いがないよう、最低でも五回は数えなおすように!

 この戦いは君のがんばりにかかっている。 まかせたぞ!」

「うんっ! あたし、がんばる!!」

 仕事が与えられたのがよほどうれしいのか、エディスは目をキラキラさせながら豆を剥き始める。


 しかし……


「あっ、豆が!?」

 開始して二秒。

 エディスが鞘から豆を取り出そうとしたが、中身ピンと跳ねてがどこかへと飛んでいった。

 そう、カ・カーオの鞘は子孫繁栄のために種を外に弾き飛ばすように出来ている。

 そして転がった豆を追いかけて、エディスは子犬のように床をかけずり回った。


「ふぇぇぇぇ……どこいったのぉ?」

 どうやら豆が見つからないらしく、彼女の作業はいきなり頓挫したようである。

 よし……予想以上のダメっぷりだ。

 このぶんなら、半日は時間を稼げるだろう。

 俺は『無能な味方』という、戦略における最大の敵を封印することに成功したのであった。


「クラエス、いくらなんでもあれはひどい。 今のは私もちょっと引く」

「……うるさい。 お前らはエディスがかかわった事件が今までどういう結末を迎えたか知らないからそんな事がいえるんだ」

 いずれお前も思い知るだろうよ。

 エディスという存在が、どれほど恐ろしい代物であるかを。

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