第7話

「なんという場所だ……やはり冒険者たちをけしかけておいて正解であったな」

「同感だ。 これでは人間の冒険者などひとたまりもあるまい」

 虫除けの術を使いながらそう囁きあうのは、耳の長い生き物たちである。


 彼らは、ケーユカイネンを取り巻くウルボロス山脈の西側から入り込んだエルフとダークエルフの集団であった。

 ふだんあまり仲がよいとはいえないこの二つの種族がともに動いているあたり、見るものが見ればただ事ではないと即座に判断する状況である。

 つまり、この事件にはまだ表ざたになっていない何かがあるということだ。

 

「どうやら人間たちは全員寄生蜂の餌食になったらしいな」

「まぁ、お陰でわれらはこうして無事にこの山脈を抜けることが出来たのだから、感謝だけはしておこう」

 魔術の届かぬ場所をブンブンとこれ見よがしに音を立てながら飛び回る蜂を、エルフたちは嫌悪と恐怖に満ちた目で睨みつける。


「あいもかわらず恐ろしい男だよ。 本当に人間かどうかも疑わしい。

 だいたい、精霊術士の素質も魔力も持ってはいないはずではなかったのか?」

「それでもこんなことをするから、クラエスなのだよ」

 プライドの高い彼らが最初から自分たちのみで乗り込んでこなかったのは、ひとえにクラエス・レフティネンという男を警戒してのことだった。

 故あって、エルフたちはクラエスという男のことをよく知っているのである。

 事実、冒険者をけしかけていなかったら彼らもまた何人かは蜂の苗床になっていたに違いない。


「我々ダークエルフはその男を知らないが、油断できない相手であることはよく理解した。

 癪に障る話だが、貴様らエルフと手を組んでよかったと思っているよ」

「我々もダークエルフが聡明な種族であったことに感謝しているよ」

「あとは、この厄介な霧を祓うだけだな」

「どうだ、風を呼ぶ術の準備は出たか?」

 その問いかけに、地面に複雑な魔法陣を描いていたダークエルフが顔をしかめた。


「そろそろいける。 だが、思った以上に精霊の抵抗が強い」

「まったく……たかが人間への義理立てをして、精霊が我らエルフの願いを拒絶するとは」

 精霊の友を自認するエルフたちにとって、自分たちよりも人間との契約を優先されることは恥辱でしかない。


 やがてエルフとダークエルフの精霊術士が数人がかりで力をあわせ、精霊を強制的に使役する儀式を始めると、緩やかな風が目の前の霧を空のかなたへと持ち上げてゆく。


「痛っ!?」

「ぐあっ!?」

 だが、ようやくまともな視界を確保できた頃。

 風を操っていた術士たちが次々に悲鳴を上げてうずくまった。

 見れば、彼らの爪が砕けて指から血が流れている。


「風の精霊に契約を切られたか」

「仕方があるまい。 それだけのことはしたのだからな」

「それよりも、霧がまた降りてくる前にここを抜けよう」

 彼らは手当てもそこそこに移動を開始すると、一気にケーユカイネンに忍び込んだ。


 そして、森と草原を抜けて彼らが見たのは、今まで見たことも無い奇妙な風景。

 ガラスで出来た巨大な建物がいくつも並び、その中でエルフたちですら見たことも無い植物が栽培されている。


「……いったい、何なんだここは?」

「とてもこの世の風景とは思えない」

 気配を隠しながらさらに探りを入れると、植物を育てる施設と隣接して加工する工場が建てられていた。

 ガラスのようなもので作られた巨大な管の中を、収穫された植物がひとりでに動く台車にのって運ばれてゆく。


「まるで、古代の魔法都市……いや、それ以上だな」

「こんなものは文献にも出てこないぞ。

 もはやこれは、新しく生み出された超文明の産物だ」

 その工場で使われている技術は、高度すぎてエルフたちにもまったく理解が出来なかった。


「まるで、この世界とは隔絶した世界からやってきた、高度な技術を持つ異界の街のようね」

「あのクラエスという男自体が、異界からやってきた侵略者かもしれんぞ?」

 さすがにそれはない……と笑いあうエルフたちだが、その目はまったく笑っていない。

 かの男は、彼らにとってそれほど異質であった。


 さらに奥へと進むと、様々な種類のゴーレムを使って大規模な農場が運営されている。

 しかも、育てられているのは全てが魔法植物だった。

 エルフたちの背中に、冷たい汗と震えが走る。


 いったい、これだけの魔法植物を栽培して、あの男は何をしようというのか?

 いや、それでも奴は何もするまい。

 クラエスという男に関する唯一の救いは、政治だの覇権だのといったものにはまったく興味を示さないということなのだから。


 だが、彼を利用しようとする人間は存在するかもしれない。

 ハンヌ伯爵にそれだけの技量があるかどうかはわからないが、王弟であるカリオコスキ公爵ならばあるいは……。


 もはや彼らに言葉は無く、一刻も早くクラエス・レフティネンの手からランプを取り戻すことだけを考えるようになった。

 それも、できれば敵対しない方向で。


 そんなときである。


「しまった、警報の魔術に引っかかった!?」

 先行していたエルフが悲鳴を上げ、周囲にけたたましい音が鳴り響く。

 そして逃げ場を探すエルフたちの前に現れたのは……ニンジンの鉢植えを手にしたゴブリンたちであった。

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