第6話

 悪夢のような夜が明けた後、生き残った冒険者たちは人目をはばかるようにして裏路地の一角に集まっていた。

 なぜなら、彼らは現在『街の治安を乱すテロリスト』として街中に指名手配されているからである。


「おい、そっちのチームは何人残ってる?」

「四人だ。 二人やられた」

 そう答える冒険者の目の下にはくっきりと濃いクマができており、目は真っ赤に充血していた。

 ときおり細かく体が震えるところからして、よほど恐ろしい目にあったのだろう。


「まさか、夜中に宿の中へ襲撃を仕掛けてくるだなんて……」

「いまさらだな。 この街の全てがあのクラエス・レフティネンの支配下にあることを考えれば、この展開は予想してしかるべきだろう」

 だが、そう呟く男の顔は皮肉に満ちた笑みにゆがんでいた。


「予想できるか、そんなこと!」

 そう、パイヴァーサルミにおけるクラエスの支配は、彼らの予想を遥かに上回るほど徹底したものだったのである。


「この街はでたらめだ。

 まさか、自分の支配下ではない人間には商売すらさせないだなんて……正気じゃない」

 かつて商業ギルドと揉めたことのあるクラエスは、この街に冒険者ギルドはおろか商業ギルドの拠点を作ることすら許してはいなかった。

 全ての流通をランペールの一族のみに許し、領内において部外者のあらゆる経済活動を禁止しているのである。


 およそ普通の領地経営者であればあっという間に破綻する狂気の運営方式であるが、これで莫大な利益を生み出しているのだから、完全にどこかおかしい。


「結局、生き残ったのは2/3ぐらいだね。 これを多いというべきか、少ないというべきか」

「捕まった連中は、たぶんあの門の向こう側だな」

 物々しい警告が刻まれた関所の紋を思い出し、冒険者たちはそろって顔をしかめた。


「どうするの? 今ならばまだ逃げることが出来るかもしれないわよ」

 そう、賢く生きるつもりならば、この街には手を出すべきではない。

 だが、彼らは冒険者。

 富と名声に魅入られ、命を切り売りするような人間たちである。

 それに……。


「愚問だな。 俺たち冒険者は、決して仲間を見捨てない」

 ここで背を向ければ、裏切り者と呼ばれ冒険者として生活することは出来なくなるだろう。

 彼らにとって、それは死と同じぐらい受け入れがたいことであった。


「……ゆくか」

「ああ」

 彼らはどこか諦めに近い表情を浮かべると、街の北のはずれに向かって歩き出した。


 そして彼らは北の関所にたどり着くと、見張りの一人すらいないその扉を押し開け、おそるおそる潜り抜けた。

 すると、まるで誰かが見張っていたかのように、全員が建物の中に入った途端に扉がひとりでに閉まる。


「くっ、扉が消えやがった!?」

 彼らの目の前で、入ってきたドアが溶けるようにして壁にかわる。

 続いて、その壁に文字が浮き上がった。


「ようこそ、終わりの無い地獄へ。

 もう、君たちに帰るべき道は無い。

 そして進むべき道も無い……なんて悪趣味な」

「逃がす気はないって事か。 徹底的すぎて涙が出るぜ!」

「行くぞ。 こうなったら、意地でも鬼代官の喉笛を掻き切ってここから抜け出してやる!」


 そして彼らが歩き出すと、次第に霧は深くなり、隣にいる仲間の顔すらかすんで見えるようになる。

 次第に高まる不安を抱えたまま彼らが歩くこと、およそ二時間。

 目の前に、ようやく建造物らしきものが見えてきた。


「おい、何か見えてきたぞ!」

「まて、慌てるな! 何かの罠かもしれんだろ!!」

 疲弊した心をごまかすために意味も無く駆け出した冒険者だが……そこで彼らを待ち受けていたのは、あまりにも無慈悲な代物だった。


『ようこそ、終わりの無い地獄へ。

 もう、君たちに帰るべき道は無い。

 そして進むべき道も無い』

 そう、彼らがたどり着いたのは入り口の壁と、そこに記されたメッセージだったのである。


「い……いやだ! 俺はもう冒険者なんてやめる! 帰してくれ! 俺を外の世界に帰してくれぇぇぇぇぇ!!」

 心が折れた冒険者が頭を抱えて悲鳴を上げるも、ただ壁の文字が冷たくあざ笑うだけ。

 そんな仲間を見下ろしつつも、誰も言葉をかけようとしない。

 なぜならば、全員が同じようなことを考えていたからだ。


「少し……休もう。

 おそらくこのまま歩いたところで延々と同じことを繰り返すだけだ。

 ならば、一度立ち止まってここから出る方法について考えるべきだろう」

「えぇ、そうね。 ちょっと疲れたわ」

 そして何よりも、これ以上歩くことが出来ないほどに彼らの心は疲れきっていた。


 だが、そこに更なる恐怖が襲い掛かる。


「おそらくこの霧が方向感覚を狂わせているのだろう。

 風の魔術か何かで正しい方向を確認するか、この霧をどうにか消すしか……痛っ」

「……どうしたの?」

「たぶん、虫に刺された」

 耳を澄ませると、かすかに羽ばたきの音がする。


「毒か?」

「いや、特に腫れてもいないし痛みも無い」

「念のために解毒の魔術をかけておこう。 何があるかわからんからな」

 そして神官の男が解毒の魔術をかけた瞬間である。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? お、俺の……俺の中で何かがうごめいている!!」

 あわてて傷口を搾り出すと、そこから蛆のような生き物がズルリと何匹も姿を現した。


「……蜂だ! こいつは蜂の幼虫だ!!」

 その虫を見るなり、昆虫に詳しい誰かが悲鳴を上げる。

 彼らは思い出した。

 この世には、他の生き物の体に卵を産み付ける……寄生蜂と呼ばれる生き物がいるということを。


 隣にいる仲間の顔もかすむような深い霧の中で、いくつもの羽音が耳を掠めた。

 白い闇の中を、死が近づいてくる。


***


 数日後、奇跡的に生き残った一人の冒険者が、ギルドに戻って彼らの上司に報告を行っていた。


「……俺があの場所で体験した事は以上だ。

 気がついたら、俺はパイヴァーサルミの外に放り出されていた状態で、仲間はみんなあの霧の中で虫の餌になったんだと思う」

 だが、その報告を聞いた彼の上司――このギルドのギルドマスターは、ただ顎に手を当てて考え込むだけで、特に感銘を受けた様子も無い。


「ふむ、つまりそこまでして隠さなければならない何かがそこにあるということか」

「あんた、何を考えている!? お、俺はもう嫌だぞ! あんな恐ろしい場所にかかわるのはごめんだ!」

 恐ろしいことに、冒険者ギルドはまだケーユカイネンへの介入を諦めてはいなかった。

 なぜならば、かの領地には大量の魔法植物が繁茂している可能性があり、彼らはなんとしてもその恩恵を受けたかったからである。


「それは残念だな。 さて、次はどう攻め込むべきか」

「お前ら、頭おかしい……ぐっ……ゲホッ」

 突然、冒険者が苦しげな声を上げたかかと思うと、その場に膝をついた。

 そして口から大量に何かを吐き出す。


「おい、どうした! ……まさか!?」

 吐き出された吐瀉物の中から、もそもそと何かが大量に這い出してくる。

 そう、あのクラエス・レフティネンが、ただのメッセージをよこしただけで満足するはずなどなかったのだ。


「た、助け……ぐぎぃっ!?」

 冒険者の体が痙攣したかと思うと、今度は彼の体を食い破って大量の蜂が現れる。

 そして冒険者ギルドの建物の中に、死の使いがあふれかえった。



「くっ、いかん、人食い蜂だ!! 逃げろ! 卵を産み付けられるぞ!!」

 だが、警告などもはや意味は無い。

 このままでは、この冒険者ギルドを中心に恐るべき生物災害が発生してしまうだろう。

 冒険者ギルドの名誉にかけても、それだけは避けなくてはならない。


「おのれ……おのれ、クラエス・レフティネン!

 先に地獄で待っておるぞ。 この恨み、貴様が落ちてきたときに必ず思い知らせてやる!!」

 ギルドマスターは血を吐くような声で呪いの言葉を叫ぶと、あらんかぎりの魔力を振り絞り、この建物を全て灰にするほどの火の魔術を放った。


 こうして冒険者ギルドの干渉は、ことごとく挫かれたのである。

 だが、彼らの襲撃は、ほんの前触れに過ぎなかった。


 この一連の事件の首謀者……エルフたちがついに動き出したからである。

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