第2話

 ――助けろだと? いったい何が起きた?


 甘ったれたヤツではあるが、よほどのことが無い限りこいつが俺に助けを求めるはずが無い。

 自慢じゃないが嫌われている自覚はあるからな。


 そもそも、上級貴族であり王の甥でもあるこいつの権力は王族にも匹敵し、少なくともこの国においては俺を頼らなければならない事態など考えられない。

 つまり、よほどのことが起きたと考えたほうがいいだろう。


「私の助けが必要とは珍しいですね」

 そう告げながら、俺はブタ伯爵の後ろに誰もいないことに気づいて内心首をひねった。

 こんな僻地にやってきたというのに、このブタ貴族は護衛どころか共の者すらつけていなかったからである。

 状況的にかなり異常だ。


 このブタがたった一人で盗賊の蔓延る田舎道を突っ切ってきたというのか?

 あいにくと、この領地にやってくるまでにはいくつか治安の悪い地域が存在している。

 よくも無事にここまでたどり着いたものであるが、この甘ったれたブタがそんな無茶をしなければならない理由など、想像するだに恐ろしい。


「何があったのか、ご説明お願いしてもよろしいでしょうか?」

 奴の顔をまっすぐ見つめながら尋ねると、ブタは視線をさまよわせつつ予想以上にろくでもない理由を吐き出した。


「ふ、ふん! 我輩は悪くないでしゅ!

 とある品物を購入したら、それが盗まれた品だったというだけの話でしゅ」


 ブタ伯爵の言葉に、俺は思わず自分の額に手をあてて顔をしかめた。

 なぜなら……この国の盗品に関する法律では、購入した盗品の所有権は元の持ち主にあるとされているからだ。

 要するに、貴族が盗まれた品を首尾よく取り返すための法律なのだが、今回は都合の悪い方向に働いてしまっている。


 当然ながら、盗んだ当人や仲介者はとっくに雲隠れした後だろう。

 つまり、責任をとる人間がどこにもいないということだ。

 まったく……とんだババを引かされやがって。

 

「……で、まさかとは思いますが、その盗品の返却を拒否したんですか?」

「当たり前でしゅ! これは我輩が買ったものだから、もう我輩のものでしゅ!!

 それを無条件で返せといってきた上に、我輩が断ったら暴力に訴えてくるなど……まさにごんごんどうだーでしゅ」

 いや、それを言うなら言語道断だろ。


 まったくこのお馬鹿さんは法律というものを何だと思っているのだろうか?

 いっそ清々しいほどに開き直りに、俺はあきれて言葉も出ない。

 しかし、国王の甥であるハンヌが逃げなければならなかったほど相手とは、いったい何者だ?

 もしかして、国外の大貴族か王族あたりだろうか?

 その答えは、すぐさま伯爵本人の口からもたらされた。


「それに、元の持ち主は人間じゃなくてエルフでしゅ!

 愛玩用の生き物が生意気なことを言ってきたところで、聞いてやる義理はないでしゅよ」

 ――なんてことを!?


 エルフたちはこの国の民でこそあるものの、元々が独自に国を作っていた連中だ。

 独立意識が強く、国王ですら彼らの気位の高さには手を焼いていると聞く。

 そんな連中と揉め事を起こすとは……実に、実に困った上司だ。


「それで、現物はどうしたんですか? どうせここまで持ってきているんでしょ」

「むろんここにあるでしゅよ! ぐふふふふ……今回は特別にお前にも見せてやるでしゅ!!」

 ハンヌ伯爵は荷物をごそごそと漁り始めると、花畑で戯れるフェアリーを彫刻した青いガラス細工のランプを取り出した。

 あぁ……こいつは最悪だ!


「ふふふ、どうでしゅか! 五百年前に作られたエルフ族のガラス細工でしゅ!

 禁色である青はすなわちエルフの長の持ち物! まさに我輩にふさわしい一品でしゅね!!」

 自慢げに語るその顔に鉄拳をぶち込んでやろうと思ったが、すんでのところで思いとどまる。


 お前は国内に内乱を引き起こすつもりか!?

 古代エルフの王族が持っていた代物となれば、エルフたちはこの国の王に逆らってでも取り返そうとするに違いない。


 こいつは、とんでもない事になってきたぞ。

 思いもよらないトラブルに、どう対応するべきか俺はめまぐるしく考えをめぐらせるのであった。

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