第3話

 しかし、エルフの王族の宝か。

 民族紛争の引き金になりかねないような品物とはいえ、そのようなものがここにあると思うと……ワクワクしてしまうのは否めない。


 仕方が無いじゃないか。

 その類まれな秘宝がここに存在することで、これからどんな悲劇が生まれるのか?

 不謹慎だとわかっていてもそんな事ばかりが気になってしまうのだ。

 小説家とは実に業の深い生き物である。


 ――しかし、いったいどこからそんなものを手に入れたのだろうか?

 エルフたちが厳重に管理しているであろうはずのものがそう簡単に外に出るはずが無い。

 よく考えると、どうにもきな臭い話である。


「それにしても、なぜ逃げ出すような羽目になったんですか?」

 俺はハンヌ伯爵を客室に案内しながら、さらに詳しい内容を聞きだすことにした。

 本人は無能かもしれないが、親である公爵閣下はこの国で二番目の権力を持つ存在だ。

 いくらエルフたちが武力に訴えたとはいえ、その子であるハンヌがむざむざこんな田舎に逃げ出さねばならない事になるとは思えない。


 だが、このブタ上司は俺の問いにこたえず、周囲を見回してフンと鼻を鳴らす。


「ふん、客に対してお茶も出てこないのでしゅか? これだから田舎は嫌でしゅねぇ」

 ……その度田舎しか領地を持たないお前の言っていい台詞じゃないと思うんだがね。


 そしてブタ伯爵を客間に通し、ムスタキッサが買い揃えたよくわからない銘柄のお茶を適当に煎れると、ブタ伯爵はくそデカい態度でそれを飲み干す。

 む? この香りは……これ、よく見たらお茶じゃなくて虫除けのポプリと書いてあるな。

 ま……いいか。


「ぶふぅ……変わった味のお茶でしゅが、悪くないでしゅね。

 あぁ、なぜここに来たかという話だったでしゅか?

 思い出すのも忌々しい話でしゅが、今日は特別に教えてやろうでしゅ」

 そう言いながら、ブタ伯爵は再び荷物の中からランプを取り出してテーブルに置いた。


「あのエルフ共、このランプの回収をするために、我輩ではなく父上に掛け合ったのでしゅ」

 いっそ贋作であれば納得できるのだが、見る限り本物だ。

 小説の題材にするために古いエルフ族のガラス細工について散々調べていたことがあるので、その辺の人間よりはよほど詳しいつもりであるが、偽物らしき部分はまったく持って見つからなかった。


「おかげで、父上からランプを取り上げられそうになったので、仕方なくほとぼりが冷めるまでここですごすことにしたのでしゅよ。

 それで片がついたと思ったら、エルフ共め……冒険者ギルドに依頼し、高額の懸賞をかけてこのランプの回収を依頼したのでしゅ!」

 なんてことだ……

 さすがに公爵が兵士を差し向けてくることはないだろうが、こちらに協力もしてくれないだろう。


「それでいつもの侍従や護衛は途中で冒険者の足止めをするために、ここにくる途中でおいてくることになったのでしゅ!

 おかげで、ひどく不便しているでしゅよ!!」

 OK。 脳内補完をしよう。

 こいつはブタ伯爵じゃない。 俺の小説『物語』に登場する金髪縦ロールの美少女アンネロッタだ。

 そう思わないと、俺は即座にこのブタを殴り倒してしまうだろう。


「もうひとつよろしいでしょうか? この少女趣味丸出しのランプ、貴方の趣味じゃないでしょう」

 嫌われているとはいえ、仮にも俺はこのハンヌの部下という立場である。

 こいつの趣味はむしろ荒々しく力強い獣や猛禽といった意匠であることぐらいはきっちり把握していた。


「こんなものを手に入れて、いったい何をするつもりだったのですか?」

「ぶひょ!? それは……」

 俺がそう尋ねた瞬間、ブタ公爵はその細い目を見開いて言葉を濁した。

 そして急に頬を赤らめて体をモジモジとくねらせる。


 うぉっ、これ、すごくキモいぞ。


「……でしゅ」

「すいません、聞こえませんでした」

 小さな声でつぶやかれたその声は、この鳥の声しか聞こえない屋敷の中ですら聞き取ることが難しかった。


「わ、我が愛しのエメロニアちゃんの誕生日が来月の頭なのでしゅ!

 あふぅぅん、はずかしいでしゅ!!」

 エメロニアとは、もしかして美姫として知られるアウグスタン公爵令嬢のことだろうか。


「フェアリーをモチーフにしたアイテムのコレクターであるエメロニアちゃんにこのランプを送れば、きっと彼女も我輩にメロメロになるでしゅ!」

「……無ぇよ」

 気がつくと、俺はボソリとそんな言葉を口にしていた。

 なんというか、国家の内乱を引き起こすようなものを貰っても、相手としてはひたすら迷惑だろうが。


「ぶひょ? 今……何と?」

「いえいえ、なんでもございません」

 しかしまぁ、相変わらずの恋愛脳で俺はうれしいよ。

 おかげでまた小説のひとつネタが増えた。

 ――そう思うことにしよう。


「とりあえず、関所を抜けて代官屋敷に移動しましょう。

 ……ここよりも警備が厳重ですから」

 というより、ここでは人目がありすぎて使えない防衛手段が山ほどあるし、関係者以外が関所を越えて入り込めば恐ろしく目立つ。


 しかし、これで冒険者たちが関所を越えて侵入してきたならば、それを理由に冒険者ギルドの干渉を拒絶することが出来るだろうな。

 さぁ、来いよ。 俺の平穏を乱そうとしたらどうなるか、きっちり教えてやる。


 俺はこの降って沸いた悪夢をいかに利用するかについて考えをめぐらせ、人知れずほくそ笑むのであった。

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