第九章 胡乱な客
第1話
いうなれば……それはまさに修羅場と呼ぶにふさわしい光景であった。
「おい、二人とも。 この状態では仕事も執筆も出来ないんだが?」
パイヴァーサルミの街を管理するために作った館にある執務室の中で、俺は背中に嫌な汗をかきながら、両腕にがっちりと絡みつく女性に向かってそう告げる。
どうやらそれは悪手だったらしい。
「まぁ、それは大変ですわね。
ハンネーレ殿下、お邪魔になっているそうなので、クラエス様の右手をお離しになってはいかがでしょうか?」
「それは出来ない話だなテレサ嬢。
どこぞの雌狐が私の大事な友人を誑かそうとするので、私が体をはってつなぎとめてやらなければならんのだ」
人の視線に物理的な火花を放つ力があったなら、いまごろ俺は消し炭になっていることだろう。
どうしてこうなった!?
「二人とも、離れろ。 まずはそれからだ」
「断る」
「まぁ、そんなつれないことをおっしゃらないでくださいませ」
先ほどから、何度同じやり取りを繰り返しただろうか?
まったくもって不毛である。
「わーい! なんか楽しそう!!
私もクラエスにくっつくぅー」
「……アンナとテレサを刺激するのはやめろ、エディス。
お前がよくても俺が色々と耐えられない」
俺の言葉を無視して首に抱きついたエディスを見て、俺の左右からギリッと大きな歯軋りが同時に響いた。
「全員離れろ。 これ以上仕事の邪魔をするというのなら俺にも考えがあるぞ」
さすがに限界を感じ、殺気をこめながらそう呟くと、ようやく二人は俺の体から手を離した。
なお、エディスに関してはいつものように実力行使で引き剥がし、最近作った専用の『エディス箱』に投げ捨てている。
「ふぎゃーーーー! 箱の中に何かいるぅ!?
い、いやっ! どこ触ってるですか! ひあぁぁぁぁぁぁなんかぬるぬるしてるですぅ!!」
「楽しそうじゃないか、エディス。 そのまましばらく遊んでいろ」
近くの川で捕まえた沢タコをサービスで五匹ほど入れておいたのだが、どうやら好評のようで何よりだ。
せっかくだから、明日の昼食は沢タコの炒め物をリクエストすることにしよう。
あれは冷えた白ワインととてもよく合うのだ。
「おつかれさまですニャー。 ですが、とりあえずお仕事はしていただかないと困りますニャア」
俺の体が自由になると、すかさず書類の塔を抱えてムスタキッサが現れる。
貴様、今の今までどこに逃げていた!?
「だったらこの状況なんとかしてくれ、ムスタキッサ。 色々と不自由でかなわん」
「あいにくと、わたくしめはクラエス様の味方ではございますが、ハンネーレ殿下の味方でもございましてニャア」
そういえばそうだった。
こいつが介入するとすれば、おのずと俺とアンナをくっつける方向に動く。
つまり面倒が増えるだけということだ。
「……使えないヤツめ」
「まったくもって、面目しだいもございませんニャ」
俺が思わず悪態をつくと、ヤツは悪びれもせずにしれっとそんな言葉を口にする。
「さて、ではさっそく面倒ごとの処理にかかりましょう。
例の問題ですが……またお手紙が着てますニャア。 いかがなさいますかニャ?」
そう言いながら、ムスタキッサは一通の書状を差し出した。
「冒険者ギルドから、ギルドの支部の建設要請の話か。
何度も断っているのに、しつこい奴らだ」
いったいどこからかぎつけたのかは知らないが、彼らの狙いは魔法植物である。
たしかにこの魔法植物だらけの土地は、彼らにとって恐ろしく魅力的だ。
だが、すでに魔法植物の管理に成功し、産業に組み込んでしまったこちら側から見れば、彼らの介入は治安悪化などのデメリットしかもたらさない。
同時に、大量の魔法植物の提供は、世に無用な混乱をもたらすだろう。
「ですが、今度はギルドの幹部が直接交渉に来るという話。
さすがに面会を拒絶するのは問題ありかと存じ上げますニャ」
「……ちっ、いっそナイトオブラウンドでもダース単位でけしかけてやろうか」
俺がそんな物騒なことを考えていたその時である。
「クラエス・レフティネン! わ、わわわ、我輩を助けるでしゅ!!」
突如として飛び込んできたブタ伯爵によって、事態はさらに混沌とした展開を迎えるのであった。
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