第10話
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
パイヴァーサルミの一角に特設されたキッチンに、謝罪の声と焦げ臭い香りが立ち込める。
犯人は……言うまでも無くテレサだった。
学業自体は優秀だったと聞いているが、まさかそれ以外の部分がここまで酷いとは思ってもみなかったぞ。
なお、作業の最初から最後までを見届けていたはずなのだが、いったい何が起きたのか俺にもよくわからない。
たしか、うちの斑牛の指導でシチューを作るはずだったのだが……
皮を剥いていただけなのにいつの間にか消滅したジャガイモ。
オレンジの針のようになったニンジン。
形が残っていたほうが好きだからと根っこや茶色の皮がついたままの状態で放り込まれた玉葱。
……小麦粉を炒めれば炭の香りを漂わせ、バターを入れた瞬間、謎の大爆発。
そして、後には何も残らなかった。
なんだこれは?
もしかして、新しい魔術か何かが発動したのだろうか?
あまりの惨状に、調理の指導を担当していた斑牛が、耳をへにゃりとさせたまま泣きそうな顔をしている。
「とりあえず料理はここまでにして、違うことに挑戦をしましょう。
次は裁縫でもいかがですか?」
「あ、はい。 よろしくお願いします!」
三十分後、悲鳴を聞きつけてかけこんだ俺がみたものは、自分のスカートを刺繍の布と縫い合わせたテレサと、糸で縛られて蓑虫のようになっていた教師役の赤牛であった。
なんというミステリー……。
天才と呼ばれた俺の頭脳をもってしても、ここで何があったのか想像がつかない。
ひとつわかったことは、実はテレサがエディスと同じレベルのヘッポコであることのみである。
「ご、ごめんなさい。
実はわたくし、学業と礼儀作法意外はものすごく苦手でして……」
手の空いている妖精たちを総動員して後片付けを終わらせ、テーブルに茶を運ばせると、彼女はそれをすすりながら恥ずかしそうにそう告白した。
その茶を飲む所作は滑らかで洗練されており、先ほどまでの惨劇を生み出した張本人とはとても思えない。
なぜだ……なぜここまでの落差が存在する?
「ちなみにですが、修道院ではどのようなお仕事を?」
貴族生まれの彼女ではあるが、修道女としてすごしていた時間のある彼女がここまで家事が出来ないのはあまりにもおかしい。
建前だけの話かもしれないが、修道院に入ったものは俗世での身分に関係なく料理屋掃除などの仕事を与えられるはずだ。
だとすれば、そこで一通り家事の真似事ぐらいは手ほどきを受けたはずである。
「お、お恥ずかしい話ですが、修道院に入った初日に調理の担当者三人
なるほど、一応指導しようとはしたらしいな。
話の中にさりげなく人的被害が混じっているあたり、かなり危険な匂いがする。
修道院の責任者が、建物か組織が崩壊する前に彼女から家事を取り上げたのは賢明だったのかもしれない。
「テレサ様、何を落ち込んでいらっしゃるのですか?」
「だって私、何も出来ない……」
「まだ、たった二つでございます」
「……え?」
俺の言葉に、テレサ嬢は目を見開いて顔を上げた。
そう、それでいい。
「貴方は、この世にいったいどれだけの種類の仕事があると思ってらっしゃるのですか?
たった二つの仕事が出来ないだけで落ち込む必要など、どこにもございません」
さらに幸いなことに、俺は彼女が失敗する条件というものを、この短時間の間に把握しつつあった。
「貴女の素質、このクラエス・レフティネンが見定めて差し上げましょう。
さぁ、お立ちなさい。 次の仕事が貴女を待っています」
「は……はい!」
そして彼女は俺の手をとり、激動の試練へと足を踏み入れたのである。
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