第11話

 数日後、俺はテレサに様々な仕事を体験させ、彼女の適正を次々に明らかにしていった。


「まさか、こんなに私に出来る仕事があるなんて……」

 ここ数日の成果を振り返り、テレサが感極まった声をあげる。

 どうやら、修道院に入って以降、失敗続きでかなり自信をなくしていたらしい。


 なお、彼女の適正を見極めるポイントは、指先の器用さを求めないことと、視野が狭くならない事であった。

 文字などは綺麗なのでわかりにくいのだが、彼女は一部の作業を除いて基本的に不器用であり、一度集中してしまうと周りが見えなくなる傾向が強いのである。

 だが、その反面感性は繊細であり、美的感覚は秀逸。 しかも忍耐強いのだ。


 そのあたりを理解した上でその適正を活かせる仕事に絞り込めば、彼女に仕事を作ることはさほど難しくはなかった。

 結果、見つかった仕事は、教師、天文学者など実にさまざま。

 意外なことに画家や服飾デザイナーもいけそうである。

 料理のほうも、切ったり焼いたりではなく、飾り付けだけに専念させてみたところ、実に見事な手際を発揮した。


 結論から言うと、彼女はまさに天才型の歪な才覚の持ち主であり、非常に癖が強い人材だったのである。

 だが……。


「さて、だいたいの適正は見えてきたわけですが……あなたの望みとしてはどの職業に就きたいのですか?」

 その瞬間、テレサ嬢の表情がピシリと音がしそうな感じで固まった。


「えっと……どれも魅力的で、何をすればいいのかわからないといいますか……」

「何をするかではなくて、何をしたいかですよ。

 貴女が携わってみて、楽しいと思った仕事は何ですか?」

「実はよくわからないのです。

 どれもすばらしい仕事で、やりがいがあるとは思うのですが、その中からひとつを選ぶとなると、色々と切り捨てるのももったいなくて」

 ふむ、どの仕事も嫌いではないが、いまひとつ踏ん切りがつかないといったところか?


「何もすぐに決める必要はありませんよ。

 しばらくは色々とやってみて、自分の出来ることの中からやりたい事を見つければいい。

 そもそも、生活に不自由する身ではないのだから、いくつかの仕事を兼業するぐらいのわがままを言っても構わないのです」

「私は……本当に恵まれているのですね」


 そして彼女が最初に手をつけたのは、文字の読めないゴブリンやオーガたちに文字を教えることであった。

 常に満遍なく生徒に注意を払う仕事は、彼女の極端な視野の狭さを中和するのにうってつけである。


 なお、うちの領内で働く妖精たちの半数以上が読み書きのできる人材であり、ミノタウロスたちにいたってはほとんどが文字を読むことが出来た。

 これは、おそらくホルスティアイネンの始祖であるシオが彼らに文明を与えたせいだろう。

 彼女の残した記録も少しずつ解読しているが、実に奇妙かつ文化的な人物だ。


 さて、文字を教える授業が終わり、生徒のいなくなった教室に迎えに行くと、彼女は今日の授業の題材として使った俺の詩集を眺めていた。


「おや、その詩集がお気にめしましたか?」

 ちなみに、まだ個人的に完成度が足りないと思っているため、本としては出版していない代物である。

 子供向けに、あまり難しい言葉を使わないという縛りで書いたものだから、読み書きの授業に向いているだろうと提供したものだ。


「ええ。 でも、普段のクラエスさんからはちょっと想像できない優しい母親のような視線の文章なので、失礼ながら少し以外だなと」

「そういわれると少し恥ずかしいですね。

 ですが、この世の全ての人の心を模倣できなければ、物書きなんて出来ませんよ」

 すると、テレサは意外な言葉を口にした。


「これ……歌にはなってないんですか?

 個人的にですが、子守歌にしてみたら、きっと素敵だと思うのですが」

「なるほど、言われてみればたしかにそれっぽい歌詞ですね」

 だが、その手のメロディーはあまり得意な分野ではない。

 作曲家としての俺は、どちらかというと派手で重厚な曲が得意なのである。


 音楽家を主人公にしたときに、なんどか作曲をした事はあるのだが、その手の素朴で優しい曲だけはどうしても納得できるものが出来なかったのだ。

 結局は知り合いに色々とアレンジしてもらってようやく納得できるものを作ることが出来たのだが……ずいぶんと苦い思い出だ。


 そんな事を考えていると、ふいに柔らかくも美しい鼻歌が俺の耳に聞こえてきた。

 これは……テレサ嬢か?

 気持ちよさそうにメロディーを奏でる彼女を見守りながら、俺は手近にあった白紙にメロディーを書きなぐる。

 さすがに全ての音は拾いきれないが、だいたいこんな感じだったはずだ。


 一通り曲が終わると、彼女はハッとした顔で俺のほうへと振り向く。


「あら、嫌ですわ。 横に人がいるのを忘れてすっかり自分の世界に……お恥ずかしい」

「いえ、なかなか良い曲じゃないですか」

 顔を赤らめる彼女に、俺は写し取った楽譜を広げて見せた。


「まぁ……私の鼻歌を聞きながら楽譜にしてしまったんですか?」

「えぇ。 あとこの部分はこういう高めの音で切ない感じのフレーズを入れてみてはどうかと」

 広げた楽譜に、俺はいくつかの音符を書き加えて見せる。

 この手の曲を作るのは苦手だが、耳自体は肥えているのだ。


「まぁ、素敵!

 せっかくだから、音にして聞いてみたいですね」

「バイオリンならいけますが?」

「……私はクラヴィーアが得意ですが、さすがにございませんわよね?」

「そうですね、では配下の者に用意させましょう。

 ですが、今は適切な楽器も無いので代用品を使って見ましょうか」

 そう言いながら、俺は下の階からガラスの器を大量に取り寄せて、音を確かめながら慎重に水を注いだ。


「まぁ、何をなさっていらっしゃるの?」

「庶民の大道芸人が使う楽器ですよ。

 世の中にはこのような音楽もあるのです」

 そう告げながら、俺は指先を水でぬらし、コップのふちをそっとなぞった。


 ヒィィィィィィィ……ン。


「まぁ!?」

 俺の指先から生まれた笛とも弦楽器ともつかぬ透明感のある音に、テレサ嬢は驚いて言葉も無いようである。


「では、しばしご拝聴を」

 水を注がれた器は、その水の量で奏でる音階が異なる。

 そしてぬれた指でコップのふちをなでると、器の中で音が共鳴し、なんとも不思議な音色が生まれるのだ。


 その性質を利用して、俺は生まれたばかりの子守唄を奏ではじめた。


 ……いいな、この曲。

 聞いているだけで心がどんどん優しくなるような気がする。


 気がつけば、教室として使っていた部屋の外で、アーロンさんとパーヴァリさんが目を細めて聞き入っていた。

 おそらく目には見えないが、大勢の精霊たちも静かにこの曲に耳を傾けていることだろう。


 そしてせっかくだからとばかりに俺が二周目を奏ではじめると、テレサ嬢がそれに合わせて歌を歌いだした。

 どこか悲しげな、それでいて優しい……母というよりは姉を思わせる歌声である。


 やがて心が洗われるようなひと時が終わると、彼女は俺に向かってこう告げた。


「あの……もしよければですが、人形劇の音楽を作ってみてもよいですか?」

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