第8話
夜明けの光が降り注ぐ中、一人の傷だらけの男がゆっくりと階段をあがってくる。
その男が階段を上り終えると、そこには一人の美しい女性が彼が来るのを待っていた。
彼女は涙交じりの声で男の名を呼びながら駆け寄り、そして二人は抱き合い……金色から純白へと変わった光が二人の姿を黒い影に変えてゆく。
そして二つの陰は一つに重なり……
物語りの終わりを告げる華やかな音楽が鳴り響き、大きく湧き上がる歓声。
見れば、子供と一緒に見ていた大人たちまで目をハンカチで拭いている。
どうやら、俺が台本を書いた最初の人形劇は、大成功のうちに終わったらしい。
盛り上がる会場を見下ろし、俺はホッと胸をなでおろした。
この瞬間がくるまでは、この俺をしても気を抜くことは出来ない。
大天才の書いた不朽の名作が、公演当初はズタボロに批評されていた……などという事も特に珍しくもないからだ。
事実、俺もその手の冷たい評価を受けたことは一度や二度ではない。
しかし、内戦の気配を感じて観客の心が乾いて無反応だったらどうしようかと思ったが、この様子だとまだ人の心は健全なようだ。
感動できる話を見て涙を流せる大人がいる間は、たぶんこの国は大丈夫。
そんな事をしみじみと考えていたそのときだった。
「クラエスぅー! すごい! すごい! なんかよくわからないけどとにかくすごい!!」
「落ち着け、エディス」
興奮しながら走ってきたエディスが、弾丸のように俺の胸へと飛び込んでくる。
……面倒だが、ここで避けたら顰蹙だろうな。
うぉっと!? 意外と衝撃が辛いぞ!
「魔王クラエス! 貴様、なぜ姫をさらった!?
いや、返答はいい。 いずれにせよ、貴様とは戦うしかない運命なのだから!!」
俺の胸板をクッションにしてようやく足を止めたエディスは、どこからとも無くこの作品にあわせて売り出した木製の【勇者の剣】を取り出し、劇中の台詞を叫びながら、俺に突きつける。
「恐ろしいほどの行儀の悪さだな。 お前、子供じゃないとか言ってなかったっけ?」
「ぶーぶー 付き合いわるいぞぉー」
「あと、なぜヒーローの台詞なんだ?
……お前、精神的には女なんだから、そこはお姫様の台詞じゃないのか?」
「え? だって、魔王にさらわれてただ待っているだけとか格好悪いじゃない」
「なるほど、そういう見方もありか。 それにしてもずいぶんと気に入ったようだな」
「うん。 まさか……クラエスの頭からこんな優しい物語が出てくるだなんて思ってもみなかったよ」
「お前は俺を何だと思っている」
俺は思わず手を伸ばしてエディスの頭をつかむと、久しぶり力をこめて粉砕した。
周囲に誰もいないから良いが、お子様には見せられないシーンである。
「……ったく。 余計な真似をさせおって。
ほら、そろそろ劇団員が待っているだろうから楽屋にゆくぞ」
『はーい』
人形から金色の光となって抜け出すと、エディスはふわふわと空を待って俺の頭の上に鎮座した。
……この怠け者め。
さて、楽屋を訪ねようとした俺たちだったが、そこには予想外の問題が発生していた。
「ここから先へはご遠慮くだささーい!」
「すいません、楽屋への立ち入りは関係者のみとさせていただいております!」
見れば、すっかりファンになったらしき観光客が花束をもって楽屋に押しかけていた。
ふむ、同じ階に花屋を入れたのはどうやら正解だったらしい。
なお、この人形劇は十五階建ての商業施設であるこの建物の六階のほとんどを劇場として使っており、同じ階には花屋と軽食を売る店、そしてグッズ販売の店が併設されている。
まぁ、いうなれば六階は完全に人形劇のためにあると思ってくれて構わない。
そんな大盤振る舞いをして良かったのか……そう思う人がいるかもしれないが、パーヴァリさんたちが張り切って作ったこの建物……実を言うと使用しているのはほんの三割程度だ。
要するに建物の大きさを完全にもてあまし、店の数も使用人の数もまるで足りていないのが現状なのである。
『クラエスぅ、劇団の人たちはぁ、裏口から出てくるってさぁ』
俺が考え事をしていると、いつの間にかエディスが中に入って話をつけてきたらしい。
声がしたほうを見れば人垣の向こうからフワフワと光の塊がこちらに飛んでくるところだった。
なんだ、たまには役に立つじゃないか。
「じゃあ、先に三階に行って待っているか」
『うん。 打ち上げ、楽しみだねぇ!』
今日はこの建物の三階にある料理店を貸しきりにしてのお祝いである。
ホルステアイネンの斑牛共が、今頃は腕によりをかけた料理と一緒に俺たちの到着を待っているはずだ。
だが、俺たちが予約した店に到着すると、そこには思わぬ自体が待ち受けていたのである。
「予約? そんなものは知らないでしゅね!
この土地の領主である我輩が言うのだから、さっさと席を用意するでしゅ!!」
その口調的な声は間違えようが無い。
あの豚伯爵……いった何をしている!?
「おい、いったいどうしたんだ?」
「あ、クラエス様!」
俺が駆けつけると、店のウェイトレスをしていたミノタロウスはホッとした顔をこちらに向けた。
「ふん! いったいお前は領民たちにどんな躾をしているでしゅか!」
「至極まともな教育をしておりますが、何か?
そもそも、権力を盾に店に無理強いをするなど、公爵閣下のご子息にはあるまじき行動かと。
このことは閣下にご報告させていただきます」
「こっ、この……不忠者が! ひっ!? なっ、何を睨んでいるでしゅか!! 無礼であろう……って、こら、無視するでないでしゅ! 我輩の話を聞け!!」
すかさず俺に悪態をついてきたブタ伯爵だが、俺の注意はむしろその隣に立つ女性へと注がれていた。
「お食事をご希望なら、他の良い店を手配しましょう。
お名前をお伺いしても?」
「……テレサと申します。 どうぞ、お構いなく。
私は、この通り神に仕える身ですので、過度な贅沢をするわけにはゆきませんから」
俺の言葉に、修道女の服に身を包んだ少女は気品の漂う声でそう名乗りを上げた。
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