第10話
激甚災害級モンスター、【クリムソン・アルメイヤ】。
歴史上、何度かその存在を記録されている存在であり、今も恐怖とともに語られるソレの正体は、魔物化した二ミリほどの赤い蟻である。
旅人蟻という、巣を持たずに森の中を群れで徘徊するその雑食性の蟻が何らかの理由で強い魔力を摂取することで稀に発生するのだが、大概はその原因となった魔法植物を食い尽くした段階で自然消滅する。
理由は、寿命が短く繁殖力が無いからだ。
だが、その蟻が災害級以上の強さをもつ魔獣の肉を食らった場合に限り事情が異なる。
その蟻が、繁殖力を持つ真っ赤な女王アリに変異するからだ。
もしもそのような条件が発生した場合、恐ろしい悪夢が始まる。
「その蟻は爆発的に繁殖し、まるで赤い絨毯となって周囲に存在する全ての生き物を喰らいつくす死の津波となるのだ。
彼らの生まれた森はあっという間に食い尽くされて消滅し、その群れに飲み込まれた街や村には、人や家畜はおろか雑草の種ひとつ残らない。
彼らは
どんな分厚い城壁も意味はなく、勇者の剣もその数を前にしては意味を成さぬ……」
俺が出来上がった文章を読み上げて原稿のチェックをしていると、エディスが目を半分に伏せたまま睨みつけているのに気付いて俺は作業を中断した。
「ふぅん、そんな怖い生き物なんだ? そんな怖いのを、私の体に仕込んで魔獣の餌にしたんだ?」
ふむ、なにやらひどく不機嫌だな。
「あぁ、唯一の弱点は、冬になると寒さで死んでしまうことかな。
あとは、川を渡ることが出来ないから橋を落とせばそこで進入が止まるし、移動速度もそんなに速くないから逃げるのは簡単だ。
冬になるか侵入可能な場所に食べ物がなくなると自然消滅するが、逆に言えばそうなるまでは誰にもどうする事も出来ない」
そこさえわかっていれば、直接的な人的被害はひとつもなく終わらせることが出来る災害だ。
うまくやり過ごせば蟻の死体は肥沃な大地へとかわり、次の年の実りを約束してくれる。
ちょうど麦の借り入れも終わった頃なので、街が落とされる前に事件を解決で切れば食料の問題もたいしたことにはならないはずだ。
「そういう問題じゃないでしょー! ねぇ、あたしに何か言うこと無い!?
すごくがんばったんだけどぉ!?
いくらあたしが精霊だからって、魔獣に襲われても憑坐が壊れるだけだからって、あんな仕事押し付けて酷いと思わないのぉ、この冷血漢!!」
「あぁ、評価が欲しかったのか。
お前のお陰でとても助かった。
冒険者や間諜にやらせれば足がつく恐れもあったし、うまく災害級の魔獣に毒を食らわせて蟻の餌に出来たのはお前の働きがあってのことだと思っているぞ?」
お陰ですばらしい英雄の物語を執筆できそうだ。
「うぅぅ……なんかすごくモヤッとする」
「そうか? 俺としては珍しく素直に褒めているつもりなんだがな」
俺がご褒美とばかりに頭をなでてやると、エディスは気持ちよさそうに目を細めた。
普段は肉体をもたないだけに、精霊はスキンシップに弱いのである。
「それでぇ? クラエスはこのあとどうするのぉ?
たしか、英雄を探すんだっけぇ?」
「正確には、英雄を"作る"だな」
俺は候補となる人物のリストを引っ張り出し、そのうちの一枚を手にとった。
そこには、ただ信心深いだけしかとりえの無い、だが俺の理想とする条件を備えた一人の少女の名が記されている。
「彼女に武器を与えよう。
街の危機に、神より選ばれし乙女が聖なる武器を手に立ち上がる……実に心躍る展開じゃないか」
だが、そのためにはより危機的な状況を作ることが望ましい。
「ムネーメ、現地にいる風の精霊に伝えてくれ。
禁断の小瓶を開くようにと」
瓶の中身は、旅行蟻が仲間を餌のある場所に導くために分泌するフェロモンである。
「……住民の避難が終わるより早く、クリムソン・アルメイヤを街に移動させろ」
俺はとても冷たい声で彼女に指示を与えた。
かくして、何の罪も無い街の住人たちは未曾有の危機に陥ったのである。
ただ、一人の男が自らの平穏を守ろうと、そして心躍る物語を作りたいという身勝手な要望を心に抱いたために。
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