第5話
妖精たちはあせっていた。
おそらく課題をクリアできるビジョンがまったく浮かばないのだろう。
「どうする? やらないというならそれで構わんぞ。
ただし、残り三つの課題をすべて落とせばお前ら全員火あぶりだからな」
ダメ押しをするようにそう告げると、妖精たちは肩を寄せ合うようにして震え上がった。
――さて。 シチュエーションは整ったし、俺はそろそろ執筆に入らせてもらおう。
何を書くかって? 権力者から無理難題を押し付けられて困り果てた民衆が知恵を合わせてその試練を乗り越える話だよ。
なにせ、俺は天才だから難題を前にして絶望するという感覚がよくわからなくてな。
奴らはちょうど良いモデルというわけだ。
なに? ネタつくりのためにだけにここまでするのはおかしい?
……ネタのためなら、俺は自らを悪役に仕立てることすらいとわぬのだよ。
別に理解してもらおうとははじめから思っていないから、ほっといてくれたまえ。
そんなわけで、俺は隣接する食堂の椅子に腰を掛け、窓から妖精たちの奮闘を記録し始めた。
さぁ、さっさとリアルなドラマを俺に見せるがいい!!
「くっ、やるだけやるぞ!」
「でも触ることすら出来ないんじゃ」
そう、この課題の最大の問題は、そのニンジンのまとっている凶悪な魔力だ。
先ほどから、無謀な妖精がなんどか手を出して、自分の手を血まみれにしている。
「そうだわ、あの代官はさっき葉っぱの部分を握っていたじゃない。
もしかしたら、あの部分だけは魔刃の魔術がかかってないんじゃないかしら?」
「それはあるかもしれない!」
おぉ、お前ら良いところに気付いたな。
たしかにあのニンジン、葉っぱの部分は普通なんだよ。
ちなみに、俺の出した正解はその葉っぱの部分を料理することだ。
他のニンジンと違い、癖が少なく甘みが強いので、十分にエディスを満足させることが期待できるのである。
「よし、とりあえず葉っぱの部分をつついてみようぜ」
問題なしそのあたりに生えている長い草の葉を引きちぎり、エクス・キャロバーンの葉の部分に触れさせてみる。
……当然だが、特に反応は起きない。
「じゃあ、次の段階だが……ひとつ思ったことがある。
あの植物、地面から引っこ抜かれてはいるものの、まだ生きているよな?
もし、死んでしまったらあの魔力が消えるようなことはないだろうか?」
「やってみよう!!」
葉っぱが安全であることを発見して気をよくしたのだろう。
連中はさらに一歩踏み込んだ実験を開始した。
さっそく竈でお湯を沸かし、沸いた熱湯の中に、おそるおそるニンジンをつける。
さすがに元は植物だけあって、湯に使った瞬間ににんじんの葉がくんにゃりとしなりはじめた。
鍋の底に根っこがつくと穴を開けてしまうので、ずっとはっぴを持ってぶら下げた状態である。
「おぉ! やったぞ!」
「死んで魔力を失ってしまえばこっちのものだ!!」
だが、次の瞬間、ポチョンと音を立ててニンジンが鍋に落ちていった。
何のことは無い。 生命の危機を感じたニンジンが、自ら葉を千切ってしまったからである。
お前ら……魔法植物を甘く見たな?
「え……?」
「しまった!!」
妖精たちの悲鳴とともに鍋が真っ二つに引き裂かれ、ボシュゥゥゥゥゥゥと激しい音とともに竈の中に落ちた湯が大量の湯気となって周囲に立ち込める。
「くっ、ニンジンどこ!?」
「くそっ、煙が邪魔でよく見えない」
だが、あえて言わせて貰おう。
彼らはこの場で課題を放棄して逃げ出すべきだったと。
「なに……大地の魔力が急激に変動している!?」
最初に気付いたのはシルキーの女だった。
「何者かが大地の魔力を吸い上げているんだ!」
「でも、いったいどこに?」
魔術の心得があるらしき連中がその流れ行く魔力の行方を追い始めた。
……まずい、こいつら気付いていない!
「おい、お前ら! 課題は失格だ!! 今すぐそこを離れろ!!」
「……え?」
俺の言葉に反応できた奴と、反応出来なかった奴、そこが大きな分かれ目となった。
ドスッ
突如として大地から伸びた石の槍が、竈の近くにいたホッブゴブリンの腹を串刺しにする。
「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? アぁっ、あぐっ……ごはっ! た……助け……」
悲痛な叫びを入場曲にして、それは地上へと現れた。
その姿は白い石英で出来た騎士の彫像。
兜にあたる部分から飾りの代わりに緑の葉を茂らせ、全身に触れたものを切り裂く魔刃の魔術を纏う破壊の化身。
エクス・キャロバーンの最終形態にして、おそらく特A級モンスターに匹敵する第三種魔法植物……俺はそれをナイツ・オブ・ラウンドと名付けた。
「マルックさん、けが人の手当てを。 アーロンさん、バックアップお願いします。
エディスは、前に作って置いた対第三種魔法植物のマニュアルにしたがって行動しろ!!」
「えーっと、何するんだっけぇ?」
「……馬鹿はお仕置きだ」
奴に出しておいた指示はただひとつ。
――すぐさまその場を離脱して絶対に戻ってくるな。
俺は迷わずエディスを庭を囲む塀垣の外へと放り投げた。
「ひゃあぁぁぁぁ!?」
「さぁ、最大の敵は始末した。 思う存分暴れようか」
俺は手のひらで拳を打ち鳴らすと、この未知の怪物の前に立ちはだかるのであった。
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