第6話

 そもそも、第三種魔法植物とはいかなるものであろうか?


 学者によって諸説あるものの、それは植物の持つ生存本能と魔力によって生まれるというのが定説である。

 すなわち、それはもともと大きな魔力を持つ第一種魔法植物が生き残るために高度な運動能力を身につけたものだという話だ。


 さて、目の前の化け物についての考証だが、おそらくはニンジンである本体を核として、魔力を蓄積しやすい石英を材料にアースゴーレムの魔術を起動しているのだと推測される。

 しかも、やつの足が触れた下生えの草がずたずたに引きさかれているところを見ると、アースゴーレム自体を武器とみなして全身に魔刃の魔術をまとっているようだ。


「つまり、全身のどこに触れても逆に切り裂かれてしまうということか。

 ……なんとやっかいな」


 そう呟いた瞬間、ナイト・オブ・ラウンドの体が一瞬赤く輝き、光が砕けた。

 おそらくアーロンさんがいつものように熱病の呪いを仕掛けたようだが、石英――すなわち水晶の持つ破邪の力によりはじいてしまったらしい。

 どうやら、呪詛系の魔術にも耐性が高いようだ。


 だが、さすがにその膨大な呪力に逆らうのは簡単ではないらしく、奴の右腕にビシッと音を立てて皹がはいる。


「アーロンさん、ネタにならないから力技で切り抜けるのは無しで頼む。

 しばらく小さな火球でも放って牽制しておいてくれないか?

 少し相手を検証する時間がほしい」

 俺の言葉にうなずくと、俺の目の前で次々に小さな火球が生まれる。

 その数、百はあるだろうか?

 同じ量の火球を生み出す術者は他にいるかもしれないが、それを手足のように扱う奴はおそらくいないだろう。

 ……本当に上級の精霊というのは出鱈目である。


「さて、俺も自分の仕事をするか。 大事なのは弱点だな。

 主人公は無敵にすら思える強敵の弱点に気付き、そこをついて勝利する。

 だが、それはいかなるものであるのか?」

 攻撃は最大の防御といわんばかりの存在だが、その厄介な能力にまったく隙がないわけではない。

 少なくとも、足の裏だけは魔刃の魔術が施されていないだろう。

 さもなくば、地面に無限にめり込んでしまい、歩くことも出来ないのだから。


 あと、物質的に形を持つものによる攻撃はほぼすべて切り裂かれてしまうが、熱や雷などといった形を持たない攻撃には対処できないのだろう。

 アーロンさんの放つ火球を必死で避けているところを見るとその仮定はおそらく間違っていない。


 さらにもうひとつ。

 あの鎧に攻撃をしても意味は無い。

 なぜなら、あれは核から流れている魔力によって操られているだけの木偶だからだ。


 そうか、別に鎧を破壊しなくても、鎧を形作る魔力さえなんとかできれば……。


「料理長、貰って行くぞ」

「え? あ、はい。 かしこまりました」

 俺は厨房の中に入ると、調理に使うためのブランデーを手に取った。

 そして、アーロンさんに遊ばれているナイト・オブ・ラウンド目がけてその瓶を振りかぶる。


「さぁ、うまくいったら御慰みだ!!」

 はたして、俺の投げたブランデーの瓶は過たずナイト・オブ・ラウンドに命中し、バカンと鈍い音とともに砕け散った。

 そしてその中に入っていた薫り高い酒が奴の体をぬらす。


「……グギッ!?」

 その瞬間、劇的な変化が訪れた。

 奴の足が、地面に刺さった上にどんどんめり込んで行くのだ。


「アルコールという物質は非常にに魔力の伝導率が高い。

 そのために、かつて学園で儀式の作業中に供物の酒瓶を魔法陣の上で割ってしまった先輩が大変な目にあったと聞く」

 そう、俺が思い出したのはそのアルコールの触れた風の魔法陣から魔力が漏れて隣にあった火の魔法陣とつながり、大爆発をしてしまったという記録だった。


「お前の全身にまとっていた魔刃の魔力はアルコールを伝ってお前の足の裏まで届いてしまっているのだよ」

 そう告げながら、俺はもう一瓶ブランデーを取り出して奴の頭に投げつけた。

 頭から滴ったブランデーは奴の胸と背中を伝い、同時にその両腕が文字通り糸の切れた人形のようにダランと垂れ下がる。

 アルコールの伝導率の高さゆえに、腕を動かす命令の魔力が腕ではなくて胸や背中に伝わってしまっているからだ。


「さぁ、お遊びはここまでだ。 チェックメイト」

 俺はナイト・オブ・ラウンドの背後に回りこむと、その頭の飾りに見えるニンジンの葉っぱに手をかけ、本体であるニンジンを兜から引き抜いた。


「良いネタをありがとう。 感謝する」

 俺の言葉と同時に、石英で出来た鎧はガシャリと音を立てて崩れ落ちる。

 ……実に有意義な時間であった。

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