第3話
「それで? お前たちがこのケーユカイネンの工房で学びたいとわがままを言っている迷惑な輩か」
脅威が去った翌日、俺はパイヴァーサルミにある牢獄に赴いて、今回の騒動の原因となった奴らと対面していた。
連中は檻の中であり、その手足には金属製の頑丈な枷が取り付けられている。
扱いとしては、完全に罪人としてのソレだ。
「な、なぜ罪の無い我々にこのような酷い扱いをするのですか!!」
「簡単なことだ。 この街にとって目障りで邪魔だからに決まっているからだろう?
それ、すなわち罪人だ。」
なんと言うか、それ以外の何者でもないし、別に隠す必要もないことだしな。
なお、俺の目の前にいるのはシルキー、ブラウニー、ホブゴブリン、ヴァンニクなどの家妖精たちばかりである。
これらの妖精たちはとても勤労意欲とプライドが高いため、人間社会でも労働者として重宝される反面で扱いにくいことでも知られていた。
「貴方は間違っている! なぜこの街のすばらしい技術を独占しようとするのだ!
この街で生まれた技術は世界に広く知らしめるべきものであるとは思わないのか!!」
そう告げるのは、すでに他所の領地の間者であることが判明しているホブゴブリンだった。
風の精霊たちの調べによると、どうやらこの集団はこの狡猾なホブゴブリンの呼びかけで始まったらしい。
「思わないな。 それで? 公開してこの街に何か利益があるのか?」
「その技術を元に、よりすばらしい技術が生まれる!
それはこの世界にとっての利益だ。
さらにこの街ですばらしい技術が生まれたという名誉が手に入るではないですか!」
なんとも馬鹿馬鹿しい事を言い出したものである。
話としては美しいが、それが許されるのは小説の中だけだ。
「では、聞くが……名誉で飯が食えるのか?」
「と、富で名誉は買えない」
俺の言葉に、ホブゴブリンの声が僅かに揺らぐ。
「なら、そのような名誉など不要だ。
そもそも、技術を広めろというのならば、先にお前たちの持っている技術をすべて世間に公開してからにするべきだろ?」
「そんな事をしたら、我々が食って行けなくなるじゃないか!」
その言葉に、事の成り行きを見守っていた連中がハッと息を呑む。
おまえ、自分が今、とても矛盾したことを言っていることに気付いたか?
「我々にとっても同じことだ。
名誉より食ってゆくだけの富のほうが大事だということが理解していただけたようでなによりだよ。
いいか、この街の技術は、この街に住む者たちが食ってゆくためにつくられたものだ。
この街が利益を独占して何が悪い? そうでなけければ、知識として存在する意味も無い。
そして、俺はこの街の住人のためにならないことに関しては一切譲歩できない」
「狭量だ!」
「なるほど、俺を狭量というのならばそのように振舞わせてもらう」
俺の声で何かを察したらしく、槍を構えたオークたちがすっと一歩前に踏み出す。
「お前たちは、この街の富を奪おうとして盗人である。
よって、即刻全員火あぶりにして処刑することにした」
「……ひっ?!」
全員がその場から逃げようと隙を伺うが、あいにくと彼らは牢獄の中である。
手足に枷もついているし、そうでなくとも逃げ場などあるはずも無い。
さてと。 往生際の悪い奴らに、そろそろトドメをさしにかかるか。
俺は手持ちの書類を一枚抜き出し、その内容を読み上げた。
「ホブゴブリンのバルック・リーネン。
ガラス職人として修行はしたものの賭け事にのめりこんで職を奪われる。
その際に利き腕の腱を切られて二度と職人として働けなくなった。
今回、その治療を前払いとして受け、この領地で作られる透明度の高いガラスの製作方法を探るために派遣される」
そして、俺はその書類を当人の前に突きつける。
……実はこのホブゴブリン、俺が知り合いの劇団から借りた役者だ。
風の精霊に頼んでブリギッタ姉を王都に送り届けたついでに連れてきてもらったのだが、さすがに高い金を要求するだけあっていい演技をしている。
「な、なんでそれを!?」
「俺がお前たちの正体を知らないとでも思ったのか?
あいにくと、全員の事情も、誰に頼まれたかも調査済みだ」
俺の言葉に、かなりの数の妖精たちがおびえた表情を見せる。
……逆に反応していないのは、個人的に技術を学びたがっている珍しい存在と、しっかりと訓練を受けた間諜たちだ。
「お前たちに生きるチャンスをやろう。
今から俺が提示する試験を受けて、その基準をクリアするのだ。
そうすれば、お前たちの胸にこの文様を刻んで生きることを許す」
そういって指を鳴らすと、横にいたミノタウロスの女性やゴブリンの兵士たちが服を脱いで上半身裸になる。
その左胸には、このケーユカイネンの旗印であるクローバーの紋章が刻まれていた。
……染料で描いただけのもの物だけどな。
「これは支配の魔術を受けた印あり、裏切れば紋章にこめられた魔力が心臓を止める。
一生をこの街にささげる覚悟があり、この街に貢献できるだけの素質があるなら、その者をこの街の技術者として迎え入れよう」
むろん、ハッタリである。
だが、ハッタリだと思ったとしても人というものは万が一のことを考える生き物だ。
特に間諜というものは猜疑心の塊のような生き物だから、俺の言葉も信じないし、俺の言葉が嘘であるとも信じない。
ハァハァと恐怖のあまり荒くなった呼吸の音が部屋に響く。
さぁ、選択を迫ろう。
「嫌ならば、火あぶりだ」
誰かの唾を飲み込む音がやけに大きく牢獄の中に響いた。
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