第2話

「全員追い返せ。 例外は無い」

 俺の返答は短くシンプルに、そして力強く行われた。


『ですが旦那……ちょっと数が多すぎるんですよ。

 今までもこの手の輩は多かったんですが、そいつらが裏で手を組んだらしくて、ここのところかなりまとまった数で交渉しにくるんでやす』

「それは面倒な話だな」

 言わずもがな、数は力である。

 実際の権力や正当性を無視して、数を揃えた集団というのはそれなりに圧力を持つのだ。


『しかも、最近は技術を公開しろとその要望をプラカードに書いて街で大声で叫びながら練り歩く始末でしてねぇ』

 なんと、それは悪質だ。

 パイヴァーサルミは天国のような癒しを売りにしているだけに、そのような世俗的な行動は大きくイメージを損なってしまうだろう。


『さすがに、そろそろお客様の中にも連中の行動が気になりはじめた方がいらっしゃいまして、どうにかならないのかと言い出す方まで……

 まぁ、仕込み・・・でしょうけど。

 そろそろなんとかしないとウチの名に傷がついてしまいまさぁ』

「わかった、明日そちらに行って対処するから、その連中はまず営業妨害の罪で牢に入れておけ。 一人も逃がすな」

『了解しやした。 よろしくたのみやす』

 俺が行動の指針を与えると、伝声管の向こうのゴブリンは通話を切った。


「ねぇ、その人たちどうするつもりなの?」

「気になるのか、エディス。 意外だったな」

「うーん、まぁ……ちょとねぇ」

「使える奴ならこちらに取り込む。 表に出せる人材が不足しているのは間違いないしな」

 だが、その瞬間エディスは目を半眼にして眉間に小さく皺を寄せる。


「うわぁ、悪い顔。 まともな人材なんて、一人もいるって思ってないでしょぉ」

「まぁな。 そもそも、いくらウチのほうが優秀な技術を持っているとしても、貴重な職人たちをその土地の領主が手放すはずが無い。

 主が没落でもしない限り、奴らは一生その技術を学んだ土地で飼い殺しだ」

 だが、そんな技術者を抱えた領地が没落したという話はここ数十年はなかったはずだ。


「じゃあ、みんなどっかのスパイってわけかぁ。

 面倒だからムネーメさんに頼んで放逐の呪いかけちゃえば?」

 エディスがそう告げると、その意見に賛同するかのように俺の顔をそよ風がなでる。


 たしかに、俺の秘書にして風の精霊である彼女に頼めば、連中を半永久的にこの領地から追い払うことは可能だ。

 しかし、それでは次のスパイが送り込まれてくるだけである。


「あらゆる問題の対処において、大事なのはその根源を叩くことだ。

 あと、問題を解決しようとするときは、その優先順位を間違えてはいけない。

 なぜなら、現在の俺にはスパイへの対策よりも遥かに危険で重要な……」

 その時である。

 俺の執務室のドアが勢いよく蹴り開けられた。


「うぉら、クラエスぅぅぅぅぅぅぅ!!

 原稿はあがったか!? 早くしねぇと、テメェの使い古したXXXX引っこ抜いて犬の餌にすっぞ!!」」

「は、はい! ブリギット姉さん! ただいま執筆中であります!!」

 俺がこの世でもっとも恐れる存在のひとつが姿を現し、その声に驚いたエディスがそそくさと俺の机の下に隠れてガタガタと震えはじめる。

 別にエディスには何の被害も起きないはずなのだが、世の中には無条件に恐ろしいと感じる存在があるのだ。


 ――おい、絶対に机の下からいたずらとかしかけるなよ?

 さもないとブリギット姉さんに顔どころか全身粉々にされるからな!


「本日中だ。 出来なければ、テメェを王都の宿屋に監禁して……」

 だが、ブリギット姉の口を大きな手が優しく塞いでその暴言をとめる。

 見れば、特注の白衣に身を包んだマルックさんがブリギット姉を優しく抱きしめていた。


「あら、嫌だ……お見苦しいところを見せてしまいましたわ」

 そう呟く顔はほのかに赤い。

 ――ブリギット姉、でかくてマッチョで知的な男に弱いんだよな。

 中でも、眼鏡はポイントが高いらしい。

 なんでも、ワイルドさと知的でクールな部分とのギャップがたまらないのだそうな。


 その点、マルックさんは彼女の好みド真ん中であり、あらかじめ何かあったときにカバーに入ってくれと頼んでおいたのである。

 もっとも……いささか効果が強すぎたようではあるが。

 エディスより語られた情報によると、昨日からブリギット姉さんがベッタリなせいで、彼自身の研究がはかどらなくて困っているらしい。

 すまん、マルックさん。


 そのまま時間稼ぎをしてくれと視線で訴えると、マルックさんはそのまま大きく頷いてブリギット姉を引きずって部屋を出てゆく。

 その腕に抱えられたブリギット姉はトロンとした目で夢見心地だ。


「よし、今のうちに書くぞ!」

 彼女が正気に戻れば、俺は全ての業務を放棄して執筆に専念しなくてはならなくなる。

 それだけは避けなくては……


 結局、その日の夕方に原稿は仕上がり、俺が王都に拉致監禁される危機は免れた。

 かくして、ケーユカイネンの平和は守られたのである。

 ……ん? 何か忘れている気がするが、明日になってから考えることにしよう。

 

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