第7話
「クラエス・レフティネン! 王女殿下のおなりである!!
くれぐれも粗相をせぬように!!」
「むろん、そんな真似はいたしませんよ。 ……本人が望まぬ限りはね」
威張り散らすハンヌ伯爵への意趣返しとばかりに笑いながら片目を閉じた瞬間、アンナが無言で鞘に入ったままのレイピアを突き出した。
だが、俺は体の軸を僅かに動かしてひらりと避ける。
本当に期待を裏切らないやつだな。
「……避けるなクラエス」
「今日はわが領地の新しい産業についてご説明する役目があるので、そういうのは後日にしてくださいませんか?」
このやり取りもなれたもので、今ではアンナの護衛の騎士たちも笑いながら見ているだけだ。
物産展に顔を出したことで予想していたが、その数日後……つまり今日なわけだが、街の視察のためにアンナとブタ伯爵がケーユカイネンにやってきた。
本格的に客が入る前にスパを体験するためという名目だが、俺はただの新しいもの好きだと踏んでいる。
「さて、皆様には最初にパッチテストを行っていただきます」
「パッチテスト?」
「ええ、我々の新しい産業で使用する薬剤がまれに毒となってしまう人がいるので、それを避けるための検査です。
まず、袖をめくって腕を見せてください」
ゴブリンやミノタウロスが手際よくそこに薬剤を塗布し、時間をあけてからその結果をカルテに書き込む。
なお、今回はハンネーレ王女の身近な人間たちの慰安旅行もかねており、侍女たちだけでなくいつもは護衛に回っている騎士や侍従たちもお客様だ。
もっとも、何かあればすぐにいつもの仕事に回れるよう、騎士たちは腰に剣をさしている。
「あっ、ちょっとかゆくなってきた」
最初に反応が出たのは、護衛の騎士である男性だった。
「それはアレルギーといって、貴方の体がその薬液を毒とみなして受け入れないという証拠です。
ふむ、この番号の物質に反応するなら、人参、セロリ、林檎、ピーナッツ、メロン、西瓜、ズッキーニ、胡瓜は避けたほうがいいですね。
これらの食べ物を
「あぁ、たしかに林檎を食べるとたまに体がかゆくなる。
そうか、それはそういうことだったのか」
周囲の人間が納得したところで、俺は精霊が作ったカードを全員に配る。
なじみの無い色合いの金属で出来たそのカードには、彼ら一人ひとりの名前がしっかりと刻印されていた。
「では、このカードをお持ちください。
カードの番号と照らし合わせて皆さんの薬剤に対する反応の結果がすぐに情報として呼び出せるようになっております」
もっとも、その技術を提供しているのは地と風の精霊たちであり、俺にもさっぱりわからない謎の技術の結晶である。
そのため、偽造はおろか他人のカードを利用することすら出来なくなっているらしい。
「では、希望者だけですが、最初に
顔の産毛など、気になる部分を記入してください」
すると、意外なことに女性陣だけでなく男性陣の全員がこの処理を希望した。
しかも、大半が自身のプライベートな部分の処理を希望している。
「俺たち騎士は鎧を着たままでいることが多いだろ。
そうするとな……蒸れるんだよ。 大事な部分が。
しかも、痒くても鎧があるからすぐに対処できない」
思わず絶句していた俺に、男性騎士の一人が言いにくそうにそう解説を付け加えた。
なるほど、それはたしかに死活問題だな。
「では、皆様そこの個室で服を脱いで、このバスローブを着用してください。
一人ずつ、処置を行います」
なお、我が領地自慢の脱毛技術は、水の魔術を使ったウォーターシェービングである。
仮想酵素の魔術をつかい、無駄毛や産毛だけを根元から溶かすのだ。
そのため、従来の剃刀を使うものと違って皮膚がかゆくなることもなく、無駄毛の処理し忘れと言うことも起きない。
ただし永久脱毛ではないので、これだけでは時間が経つとまた毛は生えてくるのは大目に見て欲しいところだ。
施術時間は一人あたり平均しておよそ三十分程度。
施術担当官であるミノタウロスの女性たちと、見えないけどその背後にいる水の精霊たちの手によって、彼ら彼女らの無駄な毛は毛穴の奥まできれいさっぱり除去されていった。
「きゃあ! すごい! 脇とかぜんぜん生えていた痕跡すらない!!」
「生まれ変わったみたい!!」
「お肌がすごいツルツルしてる!!」
「あっ、ちょっと! そんなところ触らないでよ」
「ごめん、ごめん。 かわりに私のも触ってみる?」
「うっ……じゃあ、ちょっとだけ?」
施術の終わった侍女たちが、バスローブをはだけながらお互い肌の具合を確かめてうれしそうな悲鳴を上げている。
いい……実にいい。
「おぉぉ、すげぇ! ガキんチョみたいにツルツルだ!!」
「どうするよ、お前のは元々お子様サイズだからベッドに中で見られたらドン引きされっぞ」
「うるせぇ!!」
……うっく。 こちらは男性陣だが、あまり聞いていたい会話ではないな。
「さて、皆様さっぱりしたところで次の処置に移りましょう」
「ほう……次は何をするのだクラエス」
「はい、殿下。 次は、肌を白くしてしっとり艶やかにかえる泥パックでございます」
俺の言葉に、女性陣の目がエサを前にした狼のごとくらんらんと輝いた。
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