第6話

「この様子だと、ランキングの首位は無理そうだな」

 物産展は二日目に突入。

 ぎっしりと客の詰まっているにもかかわらず、思ったより収益は少ない。

 原因は、客の回転速度の悪さと軽食以外の売り物の単価だ。


 香水に医薬品にガラス細工では、どうしても商品の値段が高額にならざるをえないので、庶民では手を出しにくいのである。

 本当はもっと安く出来るのだが、あまり極端な安売りをするとかつて俺が失敗したときのように同業者から恨まれてしまうのだ。


「ムスタキッサ、正直に言わせてもらうと、売り物の選択を間違えてないか?」

「そう思われるでしょう? むふふふふ、ちゃんと策は考えてありますゆえ、ご心配なくですニャ」

 俺の詰問するような視線に対し、ムスタキッサは含みのある笑いを浮かべるだけである。

 何か話の続きがあるのではしばらく黙っていたのだが、そのまま尻尾を振りながら店の会計をしているケットシーの所へと話をしにいってしまった。

 どうやらその秘策とやらは、今の段階では俺に教える気がなさそうである。


「ねー、なに難しい顔してるのぉ?」

「……お前は気楽でいいな、エディス」

 振り返ると、そこには服のポケットをお菓子でパンパンに膨らませたエディスが笑っていた。

 この菓子はおそらくパーヴァリさんが買い与えたものだろう。

 人間の食事なんか食べてもしょうがないのだが、ただ買わずに持っているだけで楽しい気分になることが出来るらしい。


「うん。 この世に生きるコツはね、嘘や誤魔化しでもいいから常に楽しい気分でいることだよぉ。

 でなきゃ、生きることほど辛くて苦しいことは他に無いもの」

 ……なんと、まさかこのダメ妖精からそんな深い言葉が出るとはおもわなかったぞ。


「今、お前が初めて自分より年上に見えたよ。 伊達に三百年も生きてないな、ババア」

「むぅ、ババアとか失礼だよぉ! 年上でもババアじゃないもん! 精霊は歳なんかとらないんだからぁ!!

 なに笑ってるのよ、クラエスぅ!!」

「いや、笑っているけど馬鹿にしてないぞ。 むしろ褒めてる」

 だが、張り詰めていた俺の気分がほんの少し和らいだそのときだった。


「あぁん!? 俺たちは客だぞ! それよりも、酒だ! さっさと酒をもってこい!!」

「当店では酒は扱っておりません」

 そんなやり取りに目を向けると、むさ苦しい筋肉だるま共が店の真ん中で無理難題を吹っかけている。

 なんと見苦しい。 同じマッチョでも、うちのアーロンさんと違って奴らには気品が足りないと言わせて貰おう。


 そういえば……たしか奴らは、隣のブースの用心棒ではなかったか?

 どうやら、風と匂いを使った嫌がらせが出来ないと判断し、違うやり方で妨害にきているらしい。


「なんだと!? 客に酒も出せないっていうのか、この店は!!

 謝罪として、このメニューにある商品全部もってこい! むろん料金はお前らもちだ!!」

 この騒ぎに、それまでうっとりとマルックさんの竪琴に聞き入っていた客たちがそそくさと会計を済ませて逃げてゆく。

 まぁ、怪我をされるよりはそのほうが遥かに良い。


 む、マルックさんが眼鏡外したぞ。

 ……あれはたしか、マルックさんがブチ切れたときのサインだ。

 たまにアーロンさんと喧嘩をするときに見せる姿だが、これはまずい。

 怒りの猛吹雪で会場が真っ白に凍りつくぞ!


 だが、俺が何かする前に、ムスタキッサがマルックさんに近寄ると、なにやらボソボソとその耳に囁いた。

 おい、やめろ、危ないぞ!


 だが、ムスタキッサの言葉を聴き終えたマルックさんは再び眼鏡をかけて腰を下ろし、竪琴の演奏を再開したのである。

 いった何を囁いたのだろう?


 だが、俺がその真相を知るよりも早く、ざわめきとともに買い物客の海が割れた。

 見れば、向こうから豪華な馬車がやってくる。

 同時に、ムスタキッサがニヤァと粘着質な笑みを浮かべて俺に目配せをしてきた。


 むっ、あの馬車についている紋章は王家のものではないか!

 しかも、いくつもバリエーションのある中で、俺にもっともかかわり深い意匠である。

 ……ムスタキッサ、貴様なんてことを!?


 その馬車が停車したのは、意外なことに隣の物産展のブースの前であった。

 馬車が止まると、すかさず先日のえらそうな鼻髭男がもみ手で出迎えに駆け寄ってゆく。


「こ、これはこれは、このようなところへとようこそお越しくださいました。

 今日はどのようなものをお求めでしょうか?」

 すると、馬車の脇で護衛をしていた騎士が、馬上槍を男に突きつけたまま冷たい声で要求を告げた。


「やんごとなき方が香水と石鹸をお選びになる。 見た目と臭いが邪魔だから即刻この店を撤去せよ」

「そ、そんな無茶な!?」

 だが、さらにその後ろから汗をかきながら役人らしき男たち駆けつけると、鼻髭男に向かってさらに残酷な言葉をつきつける。


「すまないが、モッケネーノ領の物産展はこの場限りで終了していただく。

 王族の方を不愉快にさせたとあっては、今後の出展も難しいと思ってくれたまえ」

 当然ながら、鼻髭男は激怒した。


「馬鹿な! 貴様、私をここから締め出す気か!? そんな事は許さんぞ!!」

「とは言いましてもねぇ、貴方のところの物産展……臭いんですよ。

 あぁ、田舎臭いという意味もありますがね。

 他のかたがたからも色々と苦情がきてましてねぇ……これ以上迷惑を掛けるのはやめていただけませんか?」

 恐ろしく悪意と偏見に満ちた言葉であったが、同時にまぎれも無い事実である。

 それにしても、実に役人らしい日和った態度だ。

 今は都合がいいかもしれないが、気に食わない。 俺がこの街で物産展を開くことは、二度度無いだろう。


「そんな……そんな馬鹿な」

 その場に崩れる鼻髭男をよそに、隣の物産展は仕方が無いとばかりに従業員たちが荷物を片付け始めた。

 俺の店で暴れようとしていた男たちも、そそくさとその場から立ち去ってゆく。


 そして馬車は再び動き出し、俺たちのブースでその動きを止めた。

 やがて、中から降りてきたのは……


「このようなところへ足をお運びいただき、恐悦至極にございます、ハンネーレ王女」

 扇で顔を隠してはいるが、それはこの国の第二王女であるハンネーレに間違いは無かった。

 そもそも、ムスタキッサはアンナの紹介で俺のところに来た奴である。

 この展開は、予想できてしかるべき内容であった。


「くるしゅうない。 先日送られてきた香水と石鹸、あとは美容の薬を王女殿下がたいそうお気に入りになられたそうじゃ。

 店にあるものをすべて買い取るゆえ、そのように取り計らうが良い」

 さすがにこの人目のある場所ではアンナ自身が声をかけるわけには行かず、受け答えはすべて侍女を通してのこととなる。


 そして、その侍女たちの目は、先ほどから店の商品をチラリチラリと盗み見していた。

 おそらくアンナからおすそ分けされた品物がことのほか気に入ったのであろう。

 彼女たちの肌や髪は、前に公爵の下を訪れたときに見た女たちよりも数段質が上であった。


「かしこまりました。 我々の商品には食事も含まれておりますが、もしよろしければこちらで召し上がってゆかれませんか?」

「無礼な!」

 俺の申し出に、侍女たちは顔を真っ青にして叫ぶ。

 だが……。


「よい。 庶民の食べものは、王宮で食してもその味を正しく知ることは出来ぬ。

 そうじゃな、クラエス・レフティネン」

「左様でございます、ハンネーレ王女殿下」

 その内容よりも、アンナが自ら言葉を発したことに周囲は驚きで目を見開いた。

 王族が公衆の面前で私的に声を上げるなど、まずありえないからな。


「では、席をご用意いたしましょう。

 よろしければ、侍女の方々もお召し上がりください」

 幸いなことに隣の場所も開いたので、俺たちは椅子をさらに追加して食事スペースを広げ、一般の客はそちらに移動してもらう。


 そして何事もなかったようにマルックさんが竪琴を奏でで始めると、あたりには今までになく優雅な空気が流れ始めた。

 結局、この日の売り上げのせいで俺たちの物産展が売り上げの首位を獲得したのは言うまでもない。


「やれやれ、お前が来るとは思ってもいなかったぞ、アンナ」

 優雅なお茶会もどきの後、俺はアンナによびだされて彼女の泊まっている宿を訪れた。


「このような楽しいことから私を除け者にしようとしたお前が悪い。

 あと……送ってもらった美容液の効果がよすぎて、侍女たちに分けてやったら口では言えぬほど恐ろしいことになった。 命が惜しければ、近いうちに追加をよこせ」

「……褒めるのか脅すのか、どちらかはっきりしてもらえるとありがたい」

「やれやれ、酷い言い分だ。

 誰のために侍女を脅しつけてまでここに来たと思っている。

 あと、貴様にはもっとはっきりさせるべきものが他にあると思わないか?」

 そう言いながら、なぜかアンナは熱でもあるような赤い顔でチラチラと俺の顔を横目で見つめる。


「体調が悪いのに無理をさせたようだな。

 だが、安心しろ。 今日の買い物のについては、心配しなくともムスタキッサに安くするようつたえてあ……」

 俺がすべての台詞を言い終える前に、なぜか拳が飛んできた。


 相変わらずこいつの行動は理解できない。

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