第六章 快楽(けらく)からの呼び声

第1話

「うぅむ、どうしたものか……」

 俺は独り言を呟きながら、真っ白な木材を削ってエディスの顔となる人形の頭を削っていた。


「とりあえず、そろそろこのデザインにも飽きてきたな」

「なにぃ、クラエスってばぁ、私の顔のデザインに新風を起こそうとしているのぉ?」

「そんな無駄なことをするぐらいなら、散歩にでも出かけたほうがマシだ」

「なにそれぇ、ひっどぉーい!!」

 俺は作りかけの顔を箱に投げ入れ、机に座りなおしてため息をつく。


「ちょっとぉー ウドゥの木はこの領地じゃ取れないんだから、もっと大事に扱ってよねぇ!!」

「別に安いんだから、いくらでも買いなおせばいいだろ」

 奴の顔の材料であるウドゥの木は、恐ろしく成長が早いかわりに組織がスカスカで非常にやわらかく、刃物が無くても爪で削ることが出来る。

 そのため、緩衝材や模型の材料として非常に重宝されている木材だ。


 さて、俺がいったい何を悩んでいるのかというと……。

「くそっ、この領地……まともな作物が何一つとれやしねぇ」

 この領地に就任して数ヶ月がたったが、改めて理解したことがソレである。


 要するに、この領地……まともな作物が育たないから農作物を税として収めることが出来ないのだ。

 提出できるのは、すでに表ざたになっているカ・カーオぐらいだが、これはアンナが優先的にすべて買い上げる契約で、俺が勝手に金に変えてよいものではない。

 しかもその収益は最初から全て伯爵へと流れる仕組みであり、俺が納めなければならない税とは別会計だ。


 なお、別に麦などの穀物がまったく取れないわけではない。

 かなり収穫量は低いものの、俺が来る前は普通に麦を算出していたという記録が残っている。


 ちなみに以前の領主のときは、収穫した作物から精霊たちが魔力を抜いて普通の穀物にみせかけていたらしいのだが、どうも今は勝手が違ってきているらしい。

 ……というのも、第一種魔法植物に変異している植物が急速に増えているのだ。


 その原因は、俺が結んだ精霊たちとの雇用契約である。

 俺が精霊を大量に雇用することで、雇用された精霊の力が安定するどころか増大し、その魔力が多量に漏れてしまっているらしいのだ。


 そのため、領内に満ちる精霊の魔力は増大する傾向にあり、今までは第二魔法植物までしか変異しなかったはずの作物のなかから、大量に第一種魔法植物が生まれはじめたのである。


 特にまずいのが、第一種魔法植物の爆弾麦。

 アーロンさんの立ちションベンが原因で生まれたこの植物は、恐ろしいことに見かけが普通の麦とまったく同じなのである。

 だが、これを粉にしてパンを焼くと、いきなり大爆発を起こすのだ。


 他にも、マルックさんが作った魔法薬の廃棄場所を間違えたせいで発生した植物があり、危険なものをいくつか挙げるならば……すべてを切り裂く魔人参エクス・キャロバーン、岩を貫きながら成長するロンギヌヌの大根といったところだろう。

 精霊たちの尽力により植物型モンスターである第三種魔法植物こそ発生を抑えているものの、こちらもいつどんな形で発生するかわからない。

 まさに今、この領地は魔境への道をまっしぐらに走っているのである。


「来年に関しては魔力を除去した空間で作物を育てるとして、今年に関しては他のことで外貨を稼がなくてはならない。

 だが、時間があまりにもなさすぎる!」

 先月にあった最初の納税は、公爵の口添えもあって『就任したばかり』との理由で免除されたが、あと三ヶ月で二度目の税を納める時期となり、その際にまとまった金額を伯爵に支払う必要がある。

 だが、問題は金額ではない。

 その金をどうやって稼いだかの報告書を提出しなければならないことだ。


 しかし、先日の聖油と石鹸に関する収入は闇取引に近いやり方をしたので報告できるようなものではなく、残念ながら裏金として領地の経営資金として溶けてもらう予定である。

 つまり、俺には表に出せるような税収減が必要なのだ。

 だが、下手な事をすれば伯爵がこの地の特性に感づく。

 そうなれば、奴の愚かさによってどんな災厄が起きるかこの俺にも予想できない。


 そして悩みに悩んだ末、俺はひとつの答えを出した。

「よし、入り口となる渓谷に外貨を稼ぐための街を作ろう」

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