第10話

「うろたえるなお前ら!

 心配しなくても降伏はありえない……我々は、必ず勝利する!!」

 力強く告げた戦士長だが、その言葉に全員が賛同しなかった。


 無理も無い。

 弱兵だと侮っていた相手は、奇襲と策を弄する暗殺者のような奴らへと変貌していた。

 力で相手を押し切ることを得意とするルスケアレーミネンの戦士たちにとっては、一番苦手なタイプの敵である。

 そして彼らの戦い方を卑怯などというのはこちらの勝手な理屈であって、戦術としては非常に正しい。


「いいか、相手が隠れながらコソコソと攻撃してくるなら、奴等が隠れることの出来ない状況を作り出してやればいい」

 そう切り出すと、ようやくルスケアレーミネンの戦士たちの顔に光が戻った。


「おお、確かにそのとおりだ。 して、戦士長よ。 いかにして相手をその状況に引きずり出すつもりだ?」

「知れたことよ。 このまま全力でこの茂みを突っ切って、ホルステアイネンの部族の住む村を押さえれば良いのだ」

 そして彼らの大切な家族を差し押さえてしまえば、姿を現して対応せざるをえなくなる。


「おお、さすが戦士長だ!!」

 ――だが、それは詭弁である。

 もしもそんな事をすれば、同じことをホルステアイネン側がやらないという保証も無い。

 それ以前に、そんな真似をするのは非常に気が進まなかった。

 なによりも、こんな策を仕掛けてくる相手なら、あらかじめこちらの行動を見越して女子供をどこかに避難させるぐらいのことはするだろう。


「出来るだけ固まって移動しろ。 相手に各個撃破を狙う隙を与えるな!」

 今、一番気をつけなければならないのは、気持ちが負けてしまうことである。

 心が折れてしまえば、それこそ成すすべも無く総崩れになるのは見えていた。

 だからこそ……


「この状況はこちらに不利だ。 開けた場所まで一気に駆け抜けるぞ!!」

 だが、そうしている間にもこちらの隙を狙ってホルステアイネンのミノタウロスたちがこまめに襲撃を繰り返す。

 しかも、常に最後尾を狙うので移動スピードを落としたくないこちらとしては非常に鬱陶しい戦い方だ。


 しかも、一撃を加えるとすぐに撤収してしまうので反撃がやりづらく、上手く反撃しても周りにいる奴らの仲間が即座にカバーに入り、追撃を許さない。

 そして茂みの中に入って深追いすれば、確実に袋叩きにされる。

 仲間たちが、一人、また一人といなくなってゆく状況に、さすがの戦士長も心が折れそうな不安を覚えた。

 はやく、この茂みを出なければ。

 胃がねじ切れそうな気持ちを抱えながら足を速めると、ふいに周囲が明るくなり始めた。


「出口だ! よし、野郎共……反撃するぞ!!」

「おぉぉ!!」

 だが、見通しが悪い茂みを抜けたとき。

 彼らを待っていたのは……絶望だった。


「な、なんだここは!?」

 彼らがホルステアイネンの集落にたどりつくと思っていた道は、周囲を崖に囲まれた行き止まりに続いていたのである。


「や、やられた……」

 戦士長の口から、ギリギリと大きな歯軋りがこぼれた。

 ホルステアイネンの連中が来るときに使った道だから、彼らの居住区につながっている……その錯覚こそが、この道自体が最大の罠だったのである。


 そして足を止めたルスケアレーミネンの戦士たちの後ろから、ぞろぞろとホルステアイネンのミノタウロスたちが姿を現す。

 その数は、すでにこちらの三倍近い。


 実力のある奴等が残っているとはいえ、これはどう見ても勝ち目がなかった。

 最後は戦わずして相手に敗北を与える……これは戦術上の理想そのものである。

 悔しいが、あまりにも鮮やかな手際だった。


「ちくしょう! こんなところでやられてたまるか!!」

「やめろ! 一人で動くな!!」

 破れかぶれで突進してこの囲みを突破しようと、ひとりのルスケアレーミネンの戦士が雄叫びを上げながら敵に向かって突撃を始める。


 そしてそのときになって初めて、戦士長は彼らの戦い方をつぶさに観察する機会に恵まれた。

 まず、突進する戦士に、ひとりが腕でしっかりとガードを固めた上で立ちはだかる。

 そしてその者が盾となっている間に、側面から二人がかりで殴りかかった。


 別の奴が同じことを試み、今度は盾役を無視して攻撃してきた奴らを返り討ちにしようとしたが、彼らは即座に役目を切り替えて対応してくる。

 ……えぐい。

 なんとも臆病で、だがあまりにも確実な戦い方。

 今までの奇襲交じりの戦い方もそうだが、好戦的なルスケアレーミネンの戦士に同じことをしろといっても絶対に不可能だろう。

 勇敢であり、誇り高く……そして無謀であるがゆえに。


「そうか、こいつらは自分たちの臆病さを武器にしたんだな」

 そして臆病さを知らぬがゆえに、自分たちは負けたのだ。


 むろんすべてを諦めたわけではない。

 全員で一点突破して包囲を抜けることも考えたが、成功したところで生き残るのはほんの僅かだろう。

 だが、その後に逆転しようにも、それをどうやればいいのか策がまったく思い浮かばない。


「さて、ルスケアレーミネンの戦士長。 聡明な貴方なら勝ち目が無いことは理解したはずだ。

 おとなしく降伏してもらおうか」

「なるほど、確かにこの戦い、我々の負けのようだ。

 そちらの宝はおとなしく返却しよう」

「戦士長!?」

 戦士長の言葉に、ルスケアレーミネンの戦士たちから悲痛な叫びがほとばしる。

 だが、彼らもまた自分たちに勝ち目が無いことを理解していた。

 

「た、たとえ勝てなくとも、最後の一人になるまで……」

「それで何が変わる? 誇りか? 負けを認められずに足掻くほうがよほど見苦しいぞ。

 敗者には敗者の誇りがあると心得よ」

 そこまで言われて逆らうものは、さすがに一人もいない。

 ただ地面に崩れ落ち、うつむいて唇をかみ締めるだけである。


 だが、この戦いはそこで終わりとならなかった。


「ここからは俺個人の戦いをさせてもらう」

 そう告げると、戦士長はただ一人毅然と立ち上がり、ホルステアイネンの若頭を険しい目で睨みつける。


「ホルステアイネンの若頭、お前の妹であるエンニをかけて一騎打ちで勝負だ!」

「やれやれ……そういうことなら、素直に本人に告白すればよいだろうが。

 エンニがお前の妻となることを了承するというのなら、最初から俺は反対せんぞ」

 その瞬間、周囲になんとも生暖かい空気が流れる。


「う、ううう、うるさいっ! そんな事は聞いてないだろ!

 戦うのか、戦わないのか!」

「いいだろう、その勝負……受けて立つ。

 だが、それはお前がエンニに告白する権利を賭けての戦いだ!」

 かくして、この戦争が始まってからもっとも熱い戦いが行われようとしていた。

 だが、そこには憎しみはすでになく、捕虜となっていたルスケアレーミネンの戦士たちも顔を出し、ホルステアイネンの女たちが酒と食事を運んで和気藹々とした空気が流れている。


「よし、すべて計算どおりだ」

 ノートにペンを走らせながら、俺――クラエス・レフティネンは一人満足そうにうなずいた。

 互いに武器の使用を禁じたのも、殺害を禁じたのも、すべてはこの平和的な結末を導くためである。

 相手の力を認めあうことが出来れば、男同士の争いなんかこんなものだ。


「マルックさん、手伝ってくれてありがとう。 おかげで死人を出さずに済んだよ」

 俺が隣にいるブルーグレイのミノタウロスに微笑むと、治癒術に長けたこの水の精霊は無表情のまま小さくうなずいた。

 もしも死人が出ていたら、さすがにこう上手くは行かなかっただろう。


「さて、そろそろ俺たちも連中のところにゆこうか。

 戦争が終わったのなら、あとは清算が待っている」

 ――さぁて、いろいろとふんだくってやるとするか。

 広場の中央でミノタロウス二匹が相討ちで大の字にひっくり返った広場を見ながら、俺はゆっくりと歩き出した。

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