第8話
「正直、実力的には向こうのほうが上なんだよな」
「まぁ、そうでしょうねぇ」
レッドミノタロウスこと、ルスケアレーミネン氏族の宿営地から帰った後、打ち合わせで真っ先に出た台詞がこれだった。
「正直、強いやつが弱い奴に勝ったところで話が面白くないんだよ。
下克上でなきゃドラマは生まれない」
そう、俺は勝敗の結果よりも小説のネタが欲しいのである。
当事者としてはたまったものじゃないだろうけど、嫌なら俺を頼らずに自分たちで何とかすればいいだけの話だ。
……モラル? そんなものは正義と同じで、人によって基準の曖昧すぎて意味は無い。
俺にとっては、良い小説を書くことが至上の命題なのだよ。
「……で、具体的にどうされるつもりなのです? このまま我々に潔く戦って散れと?」
ホルステアイネンの若長が、どこかすがるような目で俺を見る。
やれやれ、まだ教育が足りていないようだな。
「古来より、戦いとは強いものが常に勝つとは限らない。 なぜなら、勝負とは時の運も絡むからだ」
「運任せというのはあまり好きになれませんね。 少なくとも、素直に自分を幸福だと思うには状況が複雑すぎます」
彼らにとって最大の幸運はたぶん俺という人物にめぐり合ったことだろうが、最大の不幸も俺にめぐり合ったことだろう。
少なくとも彼らが理想を実現するために俺の存在は不可欠だが、同時に俺があまり優しくないからだ。
「まぁ、話を聞け。 運はもちろん大事だが、それは人事を尽くしてからの話であってな。
弱いものが強いものに勝つ、そのために編み出されたのが兵法というものだ」
「兵法ですか……聞きなれない言葉ですね」
それはそうだろう。
蛮族な上に平和主義者だったこいつらに縁のある言葉ではないし、傭兵であったゴブリンたちですらまず耳にしない言葉だからな。
「まず、兵法の基本は敵と自分の特徴を把握することから始まる。
そしてこちらの最大の欠点は、何よりも戦闘慣れしていないことだ。
それに、元のメンタルが弱いから、何かの拍子に元の臆病な本質が出るかもしれない」
「……それはあまりうれしくない評価ですね」
しかし、事実だけに苦笑いしか出てこない。
「だが、戦場では臆病であることは必ずしも悪い結果をもたらすとは限らない。 深追いをして無駄に相手の反撃を食らったりしないし、戦場で突出して孤立することもないからな」
「なるほど、深いですね」
むしろ、蛮勇を頼みにして仲間との連携をよしとしない連中のほうが使えなくて危なっかしいのだ。
俺が指揮官なら、そんな連中はさっさと便利に使いつぶす。
「そして戦いを始めるなら、まず目的と目標を定めなくてはならない。
曖昧な方針では、作戦を立てづらいからな」
さて、ここまではただの概論である。
俺はいよいよ本題である戦略についての説明を始めることにした。
「まず目的だが……お前たちに手を出しても割に合わないと奴らに理解させること。
そして目標はルスケアレーミネン氏族を敗退させて、村の宝を取り返すことだ。
そのためには、奴らの三割を倒せばいい」
「え……たった三割ですか?」
「そうだ。 軍事における全滅とは、勢力の三割が死傷したことをさす言葉だ。
一人残らず倒すことじゃない」
もっとも、これは軍事演習における消耗限界を基準にした考え方で、例外は山のように存在しているだろう。
だが、逆に言えばその時点で敵に敗北を認めさせるのがもっとも望ましいのだ。
「でも、それだけじゃ絶対に引いてくれませんよ……」
「まぁ、この規模の戦闘だとたしかにそうなるだろう。 そこで大事なのは演出だ」
続いて、俺は戦術についての説明を始める。
「えぇっ!? そ、そんな事していいんですか!!」
「いいに決まっているだろ。 俺は遊びだといったが、お前たちにとっては紛れもなく戦争だ。
向こうが勝手にお遊戯だと思い込んだところで文句を言われる筋合いはない」
俺の立てた策を聞くなり、ホルステアイネンの若頭は目を丸くして叫び声を挙げた。
別にたいしたことの無い……ただの定番の戦術に過ぎないのだが、それでも連中には少々刺激が強かったらしい。
「いずれにせよ、負けたら負けたで、後は俺たちがレッドミノタロウスを制圧する。
だが、できれば情けない姿は見せてくれるなよ?」
それだけを言い残すと、俺は後のことを他の奴らに任せ、今日の執筆作業へと戻るのだった。
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