第7話

 レッドミノタウロスの宿営地は、俺の足で歩いて1時間程度のところに設営されていた。

 遊牧民族らしく毛皮を織って作ったテントがひしめいており、テントの入り口にはタペストリーが掛けられている。

 おそらく、これで誰の家かを見分けているのだろうか……色合いは素朴であるが、遠めに見てもかなり手の込んだ精緻な模様の織物である。

 詳しく鑑定するまではわからないが、王都にでも持ってゆけば金貨の山との交換になるかもしれない。


 そして俺たちは宿営地の入り口に到着すると、何事かと様子を見に来たレッドミノタウロスたちにむかって宣告した。


「レッドミノタロウスたちに宣言する。

 貴様ら、即刻ホルステアイネン族の宝を返却し、ケーユカイネン領の代官であるこのクラエス・レフティネンに降伏せよ。 さもなくば、実力で制圧する!!」

「なんだと、テメェ! 寝言は死んでから言いやがれ!!」

 反応は一瞬だった。

 激怒してレッドミノタロウスの戦士たちが、俺に向かって手に持っていた斧を投げつけてきたのである。


 ――なんと野蛮な。

 別に避けられない代物ではなかったが、俺はあえてその場を動かなかった。

 そして俺に斧がぶつかる直前、大きな影が目の前に立ちはだかる。

 ガィン……と大きな音が響き、投げつけられた斧は乱雑に叩き落された。


「お、お前は……」

「お久しぶりです、ルスケアレーミネンの長。 ですが、われらがクラエス様にその所業……無礼ではありませんか?」

 身長三メートルの丹精な人の顔をしたミノタウロスが涼しげな表情で三日月斧を構える。

 その構えには、微塵の隙も無い。


「馬鹿な……貴様、本物のホルステアイネンの若頭か? あのゴミみたいな腑抜けが、俺の投げた斧を叩き落しただと!?」

「ずいぶんなことをおっしゃいますね。 貴方がたにとっては残念なことに、クラエス様のお導きの下、我々はすでに生まれ変わったのです。

 おとなしく我等が宝、女王シホの回顧録を返しなさい。

 さもなくば、痛い目にあいますよ?」


 ――ほぅ、彼らの宝とは書物だったのか!

 俄然興味を引かれるのを感じながら、俺はことの成り行きを見守ることにした。


「何を言い出すかと思えば……アレは我々にとっても宝だ! それよりも、俺の花嫁はどうした!!」

「花嫁だと? 粗暴で争いを好むお前らに渡すものなど何も無い!!」

 若頭の怒りに満ちた拒絶の言葉に、レッドミノタウロスはその名のとおり鮮やかな朱色の毛を逆立てて激怒した。


「テメェら……こちらが下手にでていりゃいい気になりやがって!

 まさか、ここから生きて帰ることが出来ると思っちゃいねぇだろうな!!」

 その言葉に、集まっていたレッドミノタウロスの男たちが斧を構え、俺たちを包囲した状態でゆっくりとにじり寄る。


 ちなみにこの手の台詞のお約束として、いつ下手に出たかはまったくわからない。

 ――お前、台詞が完全に悪役だけど大丈夫か?

 作家として突っ込みを入れたいとは思ったが、場面がそれを許さないのでぐっとこらえた。


「やれやれ……お前らこそ、まさか喧嘩になるとは思ってないだろうな?」

「は? この状況で何を言ってやがる! おい、やっちまえ!!」

「笑わせるな」

 俺らが走り出そうとした瞬間、俺の後ろに腕を組んだまま控えていたアーロンさんの目が赤く光る。

 

「うっ、なんだこりゃ……」

「き、気持ちが悪い……くそっ、体中から力が……」

「く、苦しい……な、何をした!?」

 何をって、そりゃあアーロンさんの手加減攻撃だよ。

 本気でやったら、お前ら一瞬で消し炭だぞ?


 そしてレッドミノタロウスの男たちは、まるで糸の切れた人形のようにバタバタと崩れ落ちた。


 たかがミノタロウスの二十匹や三十匹、アーロンさんからすればその辺に生えている雑草と変わらない。

 その圧倒的な魔力を細心の注意で微調整して、相手の体温を五度も上げてしまえばそれで終わりだ。

 相手は一瞬で戦闘能力を失って地面に転がるだけである。

 なんとも恐ろしい手加減攻撃もあったものだが、彼に言わせると肉体をもった生命は脆すぎてやりにくいらしい。


「可哀想だから、俺やアーロンさんは手を出さないでおいてやろう。

 だがお前らには、こいつらが戦士としてのプライドを思い出すための踏み台になってもらう」

「なんだと!?」

 俺の言葉に、レッドミノタウロスの代表らしき男はただ怒りに震えつつ俺を見上げる事しか出来なかった。

 その頭を踏みつけ、俺はさらに言葉を続ける。


「死人を出すのも面倒だから、お互いに武器の使用は禁止だ。

 どちらの陣営にかかわらず殺しそうになったら、即座に止めにはいってやろう。 だから、気軽に全力で殴り合え」

「ふざけるな! 遊びのつもりか!?」

「遊びだよ……俺にとってはお前らなんぞただの玩具でしかない。 楽しくやろうぜ」

 そう告げた瞬間、レッドミノタロウスの男たちは無理やり起き上がって俺に襲いかかろうとするが、その顔にホルステアイネン族の男たちが斧を突きつけた。

 事実上の完全勝利である。


「ば、馬鹿な……この平原に名を轟かすルスケアレーミネンの戦士たちが……こんな簡単に!? しかも、ホルステアイネンの奴らなんかに……」

 レッドミノタロウスの代表者は、大地に爪を立てながら悔しげに唸り声とも慟哭ともつかぬ声をあげた。


 正直、このまま制圧することも出来たのだが、それではあまりにも趣に欠けるというものだろう。

 ただ勝利したところで、俺にはまったく意味が無いのだ。

 さぁ、おまえら潔く小説のネタになるがいい!!


「合戦は明日の夜明けからだ。 せいぜいおびえながら今日の夜をすごすがいい」

 それだけを告げると、俺たちはいったんレッドミノタロウスの宿営地を後にするのだった。

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