第6話

「いったいなんだこれは……ここでいったい何があった!?」

 ホルステアイネンの一族に伝わる技術を調べるうちに、俺は彼らの文化が自分たちで生み出したものではない可能性に気づいた。


 料理の方法などにも、まるで高度な文明をもった人間がその代替技術として編み出したようなやり方が残されている。

 例を挙げれば揚げ物だ。


 夏にテンプラーという食用の葉物野菜を揚げる料理を作るとき、彼らはその表面にまぶす液を作る際に雪の欠片を放り込むのである。

 その雪の欠片は、彼らが冬の間に氷室に雪を溜め込んだものだ。

 言うまでもないが、氷室の管理はコストが非常に高い。


 おわかりだろうか?

 これは揚げ物の表面をカリッとおいしく仕上げるための技法だが、夏場に貴重な氷をそこに使うという考え方自体が"氷をいつでもふんだんに使用できる文明"でなければおそらく考え付かない代物である。

 

 ホルステアイネン一族の昔話によると、これらの技法は一族の始祖である女王シオ・ホルステアイネンの作り出したものだと伝えられているが……いったい何者だろうか?

 俺は更なる探求を……

 そこまで記録を書いたとき、俺の泊まっている部屋にゴブリンたちがなだれ込んできた。


「だ、旦那! レッドミノタロウスたちの群れがすぐ近くまで来ているそうです!」

「そうか、ではホルステアイネンの男たちを集めてくれ。 今後の方策を伝える」

 俺はため息を突きながら執筆を諦めると、ゴブリンたちを伴って広場へと向かう。

 やれやれ、野蛮な話は疲れるんだがなぁ。


 レッドミノタウロスたちは遊牧民族であり、一年中自分たちの縄張りの中を家畜を連れて放浪している。

 そして、去年このあたりに立ち寄ったとき、村の宝を奪っていったのだ。

 一年後、エンニを花嫁として差し出せば返してやると言い残して。


 きっと、連中はこちらが婚礼の準備をしていると思っているだろう。

 事実、エンニが逃げ出さなければそのとおりになっていたはずだ。


 だが、今は違う。

 広場に集まったミノタウロスたちを見て、俺は思わず笑みがこぼれそうになった。

 ゴブリンたちに鍛えられた彼らは戦士としての本能を取り戻し、その身体つきも一変している。

 なによりも、目の輝きが違った。


「ふむ、いい面構えだ」

「ありがとうございます、サー!」

 近くにいた牛顔のミノタロウスを褒めると、直立したままドスの聞いた返事が返ってくる。

 これならば、問題は無いだろう。

 さて、はじめるか。


「愛すべき戦士諸君。

 お前らは、この土地を愛しているか?」

「サーイエッサー!!」


「お前たち、自らの同胞と女たちを心から愛しているか?」

「サーイエッサー!!」

 俺の呼びかけに、ミノタロウスたちの唱和が続く。


「では、お前らに聞く。

 お前らの一族の宝を奪い、その引き換えに花嫁を要求してきた下種野郎共が、いよいよ花嫁を受け取りにやってくる。

 こんなことが許されるか!?」

「殺せ! 殺せ! 殺せ!」

 彼らの目に涙が浮かぶ。 やはり、相当悔しかったのだろうな。


「お前たちの平穏を、理由もなく身勝手な要求で乱そうとするやつらがいる。 こいつらを許せるか!?」

「殺せ! 殺せ! 殺せ!」

 ただ震えて嵐が過ぎ去るのを待つだけだった奴らは、もういない。


「そんな奴らに、お前らが何を出来るか言ってみろ!!」

「殺せ! 殺せ! 殺せ!」

 なぜなら、もう彼らは自分たちの手で平和をつかもうとする、その意志を手に入れたのだから。


「よし、やつらの赤い毛並みを、そいつらの血で赤く染め直してやれ! 出陣だ!!」

「おぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!」

 俺の呼びかけに、地面が震えるほどの声が沸きあがった。


「まずはレッドミノタウロスの元に赴き、宣戦布告だ。

 何人かついてこい。 奴らの横っ面を張り倒してやる!」

 かくして、アーロンさんとゴブリンの代表、そして数人のミノタウロスたちをひきつけた俺たちは、レッドミノタロウスたちが寝泊りしているというテントを目指して村を出発したのであった。

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