第5話
まずは告白しなければなるまい……蛮族であるミノタウロスの食生活は、意外なほど豊かであった。
どうにも情けないホルステアイネンの一族ではあるが、彼らにも得意分野というものは存在する。
そのひとつが牧畜であり、彼らの作り出す畜産由来の製品は恐ろしく質が高く、ここまでのものは貴族の宴会に何度も招かれたことのある俺ですら見たことは無い。
もうひとつが、その素材を十分に活かしきる料理だ。
ホルステアイネン一族の女たちは、みな料理の天才だったのである。
――そしてみな美人でスタイルがいい。
「なんというか、おそろしく食事が美味いな」
「お褒めいただきありがとうございます」
俺の隣で、年頃の愛らしいミノタウロスがパンを一口大にちぎって差し出す。
その反対側では、別の愛らしいミノタロウスがミルクの入ったピッチャーを持って座っている。
まさに両手に花状態だ。
……悪くない。 いや、すごぶる居心地がいい。
なお、今日の朝食は、ヨーグルトを酵母に使ったパンとハチミツ、そしてヨーグルトと生クリームの中間のような味のする乳製品の組み合わせであった。
特にこの謎の乳製品とハチミツの組み合わせが抜群に良い。
もともと朝は控えめに食べる習慣なのだが、これだけで腹いっぱい食べたいぐらいである。
「この山芋のポタージュもいいな。 乳製品特有の癖があるのに、ぜんぜんしつこくない」
「使っているバターがいいんですニャ。 ただし、バターは出来上がってすぐに劣化が始まるので、この味はここでしか食べることが出来ないでしょう。
他の素材もすべてが最上級ですニャ。 野菜ひとつとっても雑味が少なくて実に洗練しております。
そこに加わる繊細なこの技術……ここの料理は実にすばらしいですニャ」
俺の向かいの席では、ムスタキッサが口の周りの毛を真っ白に汚しながら満面の笑みで食事を楽しんでいた。
やや見苦しい部分はあるが、これは彼の種族的な特性だから仕方が無い。
なお、行商人として多くの国を旅しただけあって、彼の食事に関する知識は俺よりも遥かに上である。
共著で各国の食事に関する紀行文でも書いたら、かなり売れるのではないだろうか?
ちなみに、今日はホルステアイネン一族の料理について意見を貰うために来てもらっている。
「私見であることは否めませぬが、味に関しては申し分ございませんニャ。
蛮族であるミノタウロスが、これほどの料理を作るとは……世の中は広いものでございます」
「では、この料理は売り物になると?」
「これほどの料理が楽しめるなら、多少売り上げが悪くとも立ち寄りたくなってしまいますニャァ。
特に乳製品の好きなゴブリンたちにはたまらないでしょう」
見れば、男たちの前では鬼教官であるゴブリンたちも、食事のときはぼんやりと天井を見上げたまま夢うつつである。
しかも隣でその美味い食事を給仕をしてくれるのが、胸の大きな美人ぞろいときれば、まさに天国かと思うばかりだ。
なお、ゴブリンたちに一番人気なのは、蒸した熱々のジャガイモにこの地の特産品である極上のバターを挟み込んだだけの簡単な代物である。
だが、これが恐ろしく美味い。
色々と話を聞いてわかったことだが、ホルステアイネン一族は農業と牧畜をしながら定住する一族である。
中でも注目に値するのは、牧草を育てるという習慣だ。
もともとこの地方にすむミノタウロスのほとんどは季節ごとに北から南へと草地を追いながら移動する遊牧民である。
ゆえに、彼らに定住するという概念は本来存在しない。
だが、ホルステアイネン一族は牧草を育てて家畜を飼育するという文化を作り出すことで、定住しながら牧畜を可能にした……非常に稀有な存在だったのである。
しかも、その育てている野菜も形や大きさからして見たことの無い、彼ら独自の品種を育てており、これだけでも大変貴重な発見だ。
そしておそらく、この他の部族と争わなくても生活できるという環境が彼らを温和な性格に変え、ここまで弱体化させたのだろう。
そんな内容を紙に書き付けていると、ふと俺の肩を誰かが叩いた。
いったい誰だろう?
「マルックさん?」
振り向くと、そこには特注の伊達眼鏡をかけたブルーグレイの毛皮を持つミノタウロスが静かにたたずんでいた。
そしてマルックさんは俺を手招きすると、家畜の小屋のほうへと歩き始める。
……いったい何を見せたいのだろうか?
気になってついてゆくと、マルックさんは家畜小屋の立ち並ぶ一角で足を止める。
「ブタ小屋?」
そこでは、丸々と太ったブタが懸命にエサを食べていた。
いったいそれが何だというのだろう?
だが、マルックさんがブタの食べている餌をつまみ上げて俺の前に差し出すと、ようやくその異常に俺も気がついた。
「これ、ジャガイモとトマトの葉じゃないか!」
これらの植物は果実や塊茎こそ非常に優れた作物であるが、その葉にはたっぷりと毒が含まれている。
ジャガイモの葉や茎に含まれる毒は芽の部分ほどじゃないからまだしも、トマトは全体的に毒があってかなり危険だったはずだ。
このブタたちは、なぜこんな危険なものを食べているのか!?
俺が不思議に思っていると、マルックさんは枝を使って地面に何から文字を書き始めた。
「えっと……腸内の花畑? 毒素分解? ……目に見えないほど小さな生きものの魔術による品種改良!?」
前の二つはともかく、最後の言葉は聞き流せない。
それは、おそらく今の人類よりも高度な文明を持つ存在の手によって行われることだからだ。
だが、今のミノタウロスたちがそんな技術概念を持っているとはとても思えない。
ならば、いったい、誰が? 何の目的でこんな事を?
どうやら、この場所には俺の予想だにしなかった謎が隠されているようである。
俺はいつの間にか手にしていたペンを強く握り締めていた。
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