第4話
翌日からは、ミノタウロスたちの訓練と同時に、この高原にいたるまでの道の舗装が始まった。
土の精霊の魔術によって、砂や砂利がバターのように溶けて一枚の滑らかな石に変わってゆく様はいつまでたっても見飽きることも無く、それだけを見ながら一日が過ぎてしまいそうな感じさえする。
「ふむ、相変わらずいい仕事だな……これでここに来るのも楽になるだろう」
高原の朝の清々しい空気を吸いながらそんな光景に見ほれていると、風に乗ってバターの焦げる臭いとパンの焼ける匂いが漂ってきた。
同時に、小さな足音が恐る恐る近づいてくる。
「く、クラエス様、朝ごはんが出来上がったそうです」
「そうか、ご苦労だなエンニ。 今ゆくと伝えてくれ」
「は、はい!」
俺が声をかけると、エンニは逃げるように俺の宿泊している長の屋敷に戻って言った。
……どうやらすっかり怖がられてしまったらしい。
別に愛されたいわけではないからどうでもいいがな。
朝食の場所へとゆっくり歩いてゆくと、俺の横をゴブリンたちに追い立てられるようにしてミノタウロスたちが走り抜けてゆく。
……おっと、一人力尽きて倒れた。
「おい、このオ×マやろう! さっさと起きねぇと、貴様の汚ぇ××に×××をつっこんで捩じ上げるぞ!!」
「ひっ、ひぃぃぃぃぃ!! も、もう立てません!」
「立てないんじゃなくて立つんだよ! さっさとしねぇか、このヘニャ××野郎!!」
午前中はずっとこうやって走りこみで基礎体力をつけさせる方針らしい。
奴らにも家畜の世話があるので訓練ばかりしていると不味いのだが、そこは今のところ精霊にサポートしてもらっている。
ただ、繊細な牛や馬は精霊の気配を察知するとおびえてしまうらしいので、あまり長くこの状態を続けることは望ましくないだろう。
「とっとと走れ、この蛆虫が! 返事は!?」
「サー、イェッサー!!」
おっと、ミノタウロスの青年は無事に走り出したな。
しかし、この下品な言葉遣いはどうにかならないものだろうかと思うのだが、なんでもゴブリンたちによればこの罵声を浴びせるのも訓練の一環なのだそうだ。
誰が考え出したのかはしらないが、たぶん洗脳に近い何かだな。
そして長の家にたどり着いた俺だが、そこに広がっていた光景を見て目を見開くことになる。
長の家の庭には、首まで土に埋まったミノタウロスの男たちがこの世の終わりを見たかのような顔で涙を流しており、その目の前では彼らの同僚が気まずそうに朝食を食べていた。
「これは……何をしているんだ?」
「はい、旦那! 3人一組のグループを作って、他のグループと対戦させているのです。 成績の悪い奴はこうやって土に埋めて飯抜きにしております!」
「精神を鍛えるという目的なのだろうが、これはやめろ。 規則正しい食事は強い体を作る基本だ」
「わかりました。 おい、一日ぶりの食事だ。 心優しい旦那様に感謝しろ、このブタにも劣る××が!!」
その声が合図となって土の精霊が生き埋め状態のミノタウロスたちを地上に放り出し、彼らは泣きながら朝食に向かってゆく……と思いきや。
「こ、こんなところもういやだぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「脱走だ! 捕まえろ!!」
いっせいに逃げ出した彼らを、ゴブリンたちが追いかけていった。
まぁ、ここには精霊たちもいるし、絶食後のおぼつかない足取りでは逃げ切ることも出来ないだろう。
怪我をする前に止めてやるか。
「おい、お前ら。 絶食後の体に無理をかけるんじゃない。 脱走を試みるならせめて飯を食ってからにしろ」
「……ひっ、いつのまに回り込んだ!?」
お前らの足が遅いからだ……と言いたいが、最近少し体の調子が良すぎるな。
おそらくはアーロンさんかマルックさんの仕業だろう。
なぜかアーロンさんに殴り倒されるたびに力が少しずつ強くなっている気がするし。
「いいか、平和に暮らしたかったら、平和を勝ち取るだけの力を身につけろ。
言葉だけじゃ、誰も守ってはくれない」
そう、言葉を扱う専門家だからこそ特にそう思う。
どんなに言葉を尽くしても、人の心を束縛し続けることは出来ない。
「強く……強くなきゃ平和に生きる権利すらないんですか?」
「そうだ。 平和にいきたければ逃げ続けるか、強くなるしかない。
だが、お前らに逃げ場があるのか?」
俺の言葉に、ミノタウロスたちはただ肩を震わせて涙を流すだけだった。
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