第3話

 ホルステアイネンの集落は、大騒ぎとなった。

 角と尻尾のついたガタイのいい男共がワラワラと集まってくるが、話のとおり牛よりも人の顔をした奴のほうが多い。

 そして遠くからこちらを不安げに見ている女たちは、豊満な胸と腰のくびれの対比が極端な美女ばかりである。

 ――奴隷商人が見たら歓喜するだろうな。


 伝え聞く話によれば、ミノタウロスは神の遣わした神牛と、牛に化けた王妃との間の不義より生まれたというが……。

 彼らの顔立ちは、この世でもっとも凶暴な生き物である人間の血を継いでいるとはとても思えないほど穏やかであった。


「お、お前は何者だ!? どこからきた!!」

 問いただす声を無視して、俺はさらに奴らの観察を続ける。

 手にしている武器も、ミノタウロスの代名詞であるグレートアックスではなく、飼葉を積み上げるための大きなフォークなのだからまるで迫力が無い。

 その筋肉のつき方も戦士とは異なり、ただの農夫とおなじだ。

 これでは他の部族にナメられるのも無理は無いだろう。

 そんな事をしている間に、ミノタウロスの一人がエンニの存在に気づいた。


「お、お前……エンニ!? 逃げたんじゃなかったのか!!」

「な、なぜ戻ってきた!!」

 なるほど、エンニのことはわざと逃がしたのか。

 ほんの少しだけ評価を加点してやろう。


「俺はここから西にあるケーユカイネン領の代官であるクラエス・レフティネンだ!

 この、情けない去勢牛共め。 たかが村の宝ひとつにこだわって娘一人も守れないとは……恥を知れ!!」

 俺が一喝すると、ホルステアイネンのミノタウロスの男たちは恥じたように言葉に詰まる。


「あ、争いが嫌いで何がわるい!」

「俺たちは、ただ平和に暮らしたいだけなんだ!!」

「強い奴に支配されるだけで、戦うことも逃げることも出来ない敗北主義者を平和主義者とは言わん」

 よほど言われたくない言葉だったのだろう。

 ホルステアイネンのミノタウロスたちはいっせいに俯き、俺の隣ではアーロンさんの頭がうんうんと大きくうなずいた。


「か、帰ってくれ!」

「俺たちが何をしようが、あんたには関係ないだろ!!」

 確かにそのとおりといいたいところだが、それを言ったら話が終わる。


「そうもいかん。 お前らが腑抜けだと、いつ他のミノタウロスが山を越えて俺たちの領土に侵入してくるやもしれんからな。

 だから、お前らを他のミノタウロスへの防波堤に仕立て上げるつもりだったが……」

 そう告げながら、俺はアーロンさんの肩から飛び降りた。


「こんな腑抜けはいらん。 だが、このまま腑抜けのままのうのうとしていられるのはもっと気に食わん!!」

「何を勝手な事を!」

「勝手? 強いものに従うしか能の無いお前らは、黙って俺に従っていれば良いのだ!」

 自分でも暴論を吐いていることを自覚しながら、俺はビシッと指を突きつける。

 やれやれ、平和主義者である自分がこんなことを言わなくてはならないとはなんとも理不尽な。


「アーロンさん、聞き分けの悪い奴らとちょっと遊んでやってくれ」

 俺の命令に従い、アーロンさんがパキパキと指を鳴らしながらゆっくりと前に出る。

 彼に頼むのは、この中で一番手加減がうまいからだ。

 ふだんから頻繁に俺を生かさず殺さずにしているので、その経験値はかなりのものである。


「む、むちゃくちゃだぁぁぁぁぁぁぁ……はぶっ!?」

「た、助けて……ひぎゃあぁぁぁぁ!!」


 あぁ、この連中……体だけは立派だが、中身がまったく伴っていない。

 屈強なミノタウロスが、まるで枕でも投げるようにポイポイと殴り飛ばされてゆくのは見ていて面白いが、正直このままでは先行きが不安になる光景である。


 これでは、隣の領地に住んでいるミノタウロスたちはおろか、ゴブリンたちを相手にしてもあっさり敗北するだろうな。


「さて、どうしたものか……」

「代官様、お悩みですか? さしあたって、この弱虫ミノタウロス共をどうやって鍛えるかをお考えだとお察し申し上げやすが」

 後ろから声をかけてきたのは、ゴブリンの一人だった。


「あぁ、さすがに軍の訓練は本格的に取材したことは無くてな。

 国防にかかわる部分だから最初から見せてもくれないし、軍に入って訓練を受ける時間もなかったんだ」

 すると、なぜかゴブリンたちの顔にニヤッと自信ありげな笑顔が浮かぶ。


「でしたら、俺たちに任せてみませんか?」

「お前らがか?」

「これでもちょっと前までは傭兵やってましたし、仲間の中にはしばらく軍で働いていた奴もおりやす」

 あぁ、そういえばそうだったな。


「いいだろう、お前たちに任せる。

 せっかくだから、その訓練の風景……しっかりと取材させてもらおうか」

「お任せください!」

 鍛え上げられた胸をドンと叩くと、ゴブリンたちはガクガクと震えたまま動かない子羊のようなミノタウロスの男たちを捕まえ、聞くに耐えないほど下品な言葉遣いで彼らに訓練を施し始めた。


「おい、こら、この蛆虫共!! とっとと整列しやがれ、このク○が! 遅れた奴はキ○タマ引っこ抜くぞ!!」

 かくして、それでも惰弱な平和をむさぼっていたミノタウロスたちに、恐ろしい試練が勝手に襲い掛かってきたのである。

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