第2話
ミノタウロスの少女が意識を取り戻すと、俺はすぐに尋問を開始した。
そして判ったことだが……
「で、君はこの領地の東にある高原地帯から来た……それで間違いないな?」
「はい、我々ホルステアイネン氏族は山沿いの高原で牧畜を営んでいる部族です」
俺は思わずゴクリと唾を飲み込んで、その音が相手に聞こえていないかと背中に汗をかいた。
牧畜業者とのコネは今、俺が心の底から欲しいと思っていた人材である。
まさか、こんなに早くチャンスがめぐってくるとは思ってもみなかったぞ。
「それで、いまの話を要約すると、君の部族は周囲の部族から迫害にあっている。
そして君は、隣の部族の長から嫁になることを無理強いされそうになり逃げてきたということで間違いないな?」
「はい」
俺の問いかけにそのミノタウロスの少女――エンニ・ホルステアイネンは不安げな表情でうなずいた。
「すっごーい、なんかクラエスが書いているくっさい話そっくりぃ!」
「俺の作品がどうかしたか? 頭つぶすぞ、この腐れダメ精霊」
俺はエディスの頭をつかむと、笑顔のままメリメリと音がするまで強く握り締めた。
エンニを怖がらせないための配慮として、今日はエディスの頭を砕くことができないのがとても残念だ。
「ふむ、もしよろしければだが、君たちの部族ごとこの領地に来る気はないか?
ちょうど牧畜を担当するものがいないので歓迎するのだが」
「それは……私の一存ではどうにも。
ですが、おそらく無理でしょう」
俺の提案に、エンニは悲しげな表情で首を横に振った。
「なぜ?」
「隣のレッドミノタウロスたちに、先祖伝来の宝を奪われたままなのです。
それを取り返さない限り、あの場所から逃げ出すことは出来ません。
私はその宝と引き換えに結婚をするはずでした」
あぁ、なるほどな。
その宝にどれだけの価値があるのかはしらないが、一人の女性の未来を犠牲にしても取り戻そうとは、たいした根性だ。
……気に入らない。
「なるほど、逆に言えばその宝さえ取り返せば、住まいを移すことに問題はないと?」
「無理です。 人間たちの力では、レッドミノタウロスの集落に太刀打ちすることなどできません」
そう言って目を伏せるエンニだが、それとは対照的に俺は唇の端を吊り上げた。
「それは……どうかな?」
どこか壊れた声で呟く俺の後ろから、大きな足音が響く。
そしてドアが開くと、大きな体が二つ部屋に入り込んだ。
「アーロンさん、マルックさん、ちょうど良かった。 ちょっと東の山脈の向こうまでお散歩に行こうか」
アーロンさんがニヤリと笑いながらガツンと拳を打ち合わせ、マルックさんが伊達眼鏡を指でくいっと押し上げる。
「れ、レッドオーガに、ブルーミノタウロス!? い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
そしてエンニの口から、絶対的強者に対する恐怖の悲鳴が響き渡った。
ケーユカイネンの周囲には、ウロボロス山脈というほぼ円形を描くような形の山脈がぐるりと取り巻いている。
まるで竜の背中のように岩山が聳え立つ山並みを東へ向かうと、ミノタウロスをはじめとする魔物に近い"蛮族"と呼ばれる者たちが支配する領域だ。
そこにはなだらかな高原と草原がわずかに存在し、その向こうには海が広がっている。
エンニの故郷であるホルステアイネン氏族の部落は、その山を抜けてすぐの高原の中にあった。
ミノタウロスたちは部族ごとにその毛並みの色や角の形に違いがあり、ホルステアイネン氏族たちの特徴は褐色の肌と黒いまだらの入った白髪である。
そして、ミノタウロス族の中でも人の因子が強く、住人の大半が人の顔に黒くて湾曲した角が生えている程度だ。
それゆえに、周囲の部族から"人混じり"と呼ばれて山際の地形の険しい場所に迫害されているらしい。
「そろそろ私たちの氏族の住んでいる領域にはいります。 あの……本当に行くんですか?」
「ここまできて何を言っている。
あぁ、心配しなくても向こうが君の身柄をよこせといっても応じるつもりはないから安心してくれ」
「そ、そういう意味ではなくて……その……」
ちらちらと彼女が視線をやるのは、俺の肩に担ぎ上げたまま悠々と山道をあるくアーロンさんと、エンニを肩にかついだマルックさんである。
その中身が精霊だとは説明していないが、そうでなくともこの二人の持つ力がその辺のミノタウロスなど相手にならないレベルであることは、その威圧感だけでも明白だ。
しかも、その背後には武装したオークやゴブリンもついてきている。
「心配しなくても、いらいらするからぶん殴るだけだ」
「い、苛めないでくださいぃぃ」
やがて緑の深い山道の向こうに、牧草地と牛が見えてきた。
そしてその牛に囲まれて、白黒斑模様の紙を持つ青年たちが見えてきた瞬間、俺はアーロンさんの肩の上から宣言したのである。
「今すぐ降伏しろ。 この高原は、たった今から俺のものとする!!」
かくして、この地に住むすべてのミノタウロスに等しく不幸な時間が訪れたのであった。
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