第6話

「なに、またゴブリンが現れただと?」

「うん。 今回は特に喧嘩とかしてないんだけどぉ……ちょっと数がね」

 風の精霊の報告を読み上げながら、エディスが微妙な顔をする。


「何匹来たかはしらんが、きてしまったからには対応をしないわけにはいかんな。

 ……仕方が無い。 とりあえず現場に行くぞ」

 俺は書きかけの原稿をあきらめて現場へ向かうことにした。

 そして、そこで俺を待っていたのは……思いもよらない展開だったのである。


「な、なんだこれは?」

 目の前には、ゴブリンの人だかり。

 おそらく100匹近くはいるだろう。

 しかもその中には、ゴブリンだけでなくオークの姿がいくつも少なからず混じっている。

 ともに人間の社会では低く扱われ、土木作業員や傭兵などといった肉体労働者として、社会から便利に使い潰されている種族だ。

 実際、俺も"匹"で数えているぐらいだしな。


「おぉ、旦那がいらっしゃったぞ」

 俺の姿に気づいたのか、二十歳ぐらいの精悍な顔つきのゴブリンが手を振りながら声を上げる。

 ん……こいつはたしか……


「おまえ、もしかして先日のゴブリンか?」

 よくみると、髪型と顔立ちに見覚えがある。

 俺がそう声をかけると、そのゴブリンはうれしそうに笑った。


「へぇ、先日旦那に諭されて傭兵を廃業したゴブリンでさぁ」

「……こんどはいったい何の用だ?」

 少なくとも、就職が決まったので挨拶をしに着たとは思えない。

 すると、奴はエヘヘと決まりの悪そうに笑いながら困ったことを言い出したのである。


「実は傭兵を廃業したはいいものの、まったく仕事がないんですよぉ……旦那のところで雇ってもらえませんかねぇ」

「そうか。 それは災難だったな」

 まずい……廃業を促したのが自分だけに、これは追い払いにくい。

 十匹ぐらいならなんとかなるかもしれんが、この数はさすがに辛いぞ。


「で、他の連中は何なんだ?」

「へぇ、実は先日の旦那から賜った慈悲深いお言葉を酒場で話したところ、他の連中も旦那の領地で仕事がしたいといいだしまして。

 たぶん後から追加で来る奴もいると思いますぜ」

 その言葉は、絶望となって俺の耳に響いた。

 お前……なに勝手なことを言ってやがる!? 無茶を言わないでくれ!!


「すぐには対応できない。 ……少し考える時間をくれ。 あと、この地域に宿は無い」

「は、はぁ……では、俺たちは隣の領地にある村にいったん引き上げさせていただきます。

 ただ、あんまり手持ちが無いんで、早めに迎えに来てくださいよ?」

 そういって、ゴブリンたちは引き上げていった。

 

 しかし、まだ俺は勘違いをしていたのである。

 これがこの不幸の最終地点であると。


 真の絶望は、昼食の後にやってきた。

「どうしたムスタキッサ。 そろそろ旅にでも出るのか?」

「いやぁ、実は我々の一族もこの土地を根城にしようと思ってましてニャア」

 そう言いながら現れたムスタキッサとその眷属たちを見たとき、反射的に怒鳴りつけなかったのは我ながら対したものだと感心している。


「言っておくが……ここに仕事なんかないぞ?」

「まぁ、無ければ作るだけですニャ。 ちなみにこの地域の人口はいかほどで?」

 知らないというのは、本当に幸せなことだな。


「判らない。 ……なにせ、俺以外は姿も声も確認できない精霊ばかりだからな」

「……は?」

「ちなみに、この領地に人間は俺一人だ」

 目を見開き、信じられないとばかりに沈黙するムスタサッサだが、いつまでたっても訂正は入らないからな。


「俺がこの地に就任したとき、ここには誰もいなかった。

 前の住人は、代官の一族を殺して雲隠れしたまま行方がわからなくなっている」

「こ、困りましたニャア。 すでに大勢の仲間たちがこの地を目指して旅をしておりますニャ。

 やってきた連中になんと言えばよいか……」

 その場でうずくまるムスタキッサだが、半ば自業自得だ。

 拠点を持つのなら、もっと下調べをするべきだったと言っておこう。


 とはいっても、見捨てるのは後味が悪いし、なによりもこれはチャンスかもしれない。

 肉体を持った住人が増えるという、今までの発展とは違う方向への大きな動きだ。


「こうなっては仕方が無い。

 俺が全員幸せになることが出来る方法を考えておくから、お前らは今日の晩飯の心配でもしていろ」

 俺はムスタキッサのもこもこした頭を飼い猫のようになでながら、良い案が無いかと頭を悩ませるのであった。

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