第5話
――最近この国では、こんな物語が話題となっている。
それは、とある美を追求した高貴な女性の話。
ある日、彼女はとある石鹸を見つけた。
その石鹸は、女性の肌をとても美しくする魔法の効果を持っており、彼女は一目でそれがほしくてたまらなくなったのだが……運悪くその日は先に高価な買い物をしてしまっており、どうしても手に入れることが出来なかったのである。
後日、その石鹸を手に入れた女性が別人のように美しくなったのを見て、彼女は激しく嫉妬した。
そしてなんとかしてその石鹸を手に入れようとしたのだが、その石鹸を持ち込んだキャラバンの商人は、在庫はすべて売ってしまったのだという。
ならば、その石鹸を作ったところから直接買い付ければいい。
たが、商人はけっしてその出所を教えようとはしなかった。
そこで彼女は、その石鹸の出所を探るために人を雇った。
そして、どんな手段を使ってでもその石鹸の作成方法を調べて持ち帰るように命令したのである。
彼女の雇った男たちは、かなり乱暴な方法でその石鹸の作成方法を持ち帰ったが、その石鹸を作るには魔法植物が必要であることがわかる。
魔法植物は希少であり、とても石鹸を作るだけの量は集められない。
だが、この石鹸を作ったものはどうやってその魔法植物を集めたのか?
石鹸の作り手は、なんと魔法植物を自らの手で栽培する方法を見つけ出していたのだ。
そして彼女の雇った男たちは、その魔法植物の種と育て方も持ち帰っていた。
その植物は、魔法植物アルラウネ。
生き物の血を吸って育つ魔法植物である。
早速アルラウネを育て始めた彼女だが、最初はおそるおそる家畜の血をつかって育てていた。
しかし、すぐに失望することとなる。
そこから作り出した石鹸は魔力が足りなくて満足のゆく質にはならなかったのだ。
そこで彼女は、次に罪人の血で試すことにした。
質は遥かに良くなったのだが、それでもまだ彼女は満足できない。
ならば、どうすればいいか?
持ち帰ったアルラウネの育て方には、こう記されていた。
若い処女の生き血で育てれば、最高の魔力を持ったアルラウネが育つのだと。
そして、その女性は我慢できずに、若い女の生き血を求めるようになったのである。
だが、それが彼女にとって悲劇をもたらす。
彼女が生き血の提供者として買い上げた娘には、彼女を慕う勇敢な青年がいたからであった。
平民に過ぎない青年は、それでも幼馴染である女性を救わんと行動を開始する。
やがて女貴族の悪魔のような振る舞いに嫌悪感を抱いていた民衆は、青年の熱意にほだされた。
彼らは各地でいっせいに蜂起し、幼馴染の少女は助けられる。
そして発端となった貴族の女は処刑され、その死の間際に至るまで民衆を罵倒しつつ壮絶に息絶えた。
そして彼女の首からこぼれた血をすって、アルラウネはこれまでに無く強い魔力をもった真っ赤な花を咲かせる。
人々はその美しさに不吉なものを覚え、これは殺された女貴族の呪いだとうわさしあった。
そして司祭を呼んで清めの儀式とともにその花をすべて焼き払うと、その花は瞬く間に猛毒の煙となって多くの民衆の命を奪ったのである。
それ以来、その街では赤い花は不吉だといわれるようになり、誰も庭先に赤い花を植えなくなった。
「……といった結末になる予定だ」
俺が語り終えると、たった二人の聴衆はまったく違う反応をした。
「うわぁー なんか面白そう!!」
「お、恐ろしい話ですニャア」
説明するまでも無いかもしれないが、前者がエディスで、後者がムスタキッサである。
「原稿と手紙を書くのに例の悪魔つきのインクをつかって呪物にしたから、この物語はかかわった人間を物語どおりに動かすという呪いとなる。
しかも民衆に物語が知れ渡るほどに呪いは強くなるはずだ。
そして今回の件はそのうち俺が思い描いたとおりの結果になるだろう。
おまけに……あいにくと、今のこの国の神殿関係者にこの呪いを解くことが出来るような人物はいないだろうからな」
いたとしても、そんな人物はとっくに中央の神殿を去っているに違いない。
なにせ、今の神殿はどこもかしこもお布施を追及するだけの営利団体に成り下がっているからな。
「さて、今回のことを踏まえて、特産品の販売経路をさらに安全にする策を考える必要がある。
みんなの意見を聞かせてほしい」
そして一月ほど時間がたったある日のこと。
風の精霊がとある街で反乱が起き、領主の一族が処刑されたという話を知らせてきた。
俺の計算と違う部分があるとすれば、その領主の娘が真っ先に若い女の生き血を使おうとしたことだろうか。
……実に愚かで浅ましい話である。
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