第7話

「ネコ共は元が行商人だからいいとして、問題はゴブリンとオークたちか」

 俺は新たな住人の職業に関して、大きく頭を悩ませていた。

 なにぶん、力仕事に関しては精霊と言う優秀な存在がいるためにまったく需要がないのである。


「ゴブリンやオークにも出来る仕事。 そして頭は使わない。 さらに精霊では出来ないことでなければ意味が無い」

 ――はたしてそんな仕事は存在するのだろうか?

 いや、先にこの領地に足りていない、精霊たちの及ばない部分について考えてみよう。


 精霊の弱点は、姿が見えない、そして声も聞こえないことである。

 ……となると、人前で何かを見せるような仕事は不可能だろう。


 ひとつ思い当たるのは、格闘場のような場所で戦う選手としての仕事だ。

 だが、これは若い間しか出来ない仕事だし、なによりも観客が存在しないと成り立たない。


 次の思いついたのは音楽家だ。

 魔力を帯びた楽器を与えれば、精霊の食料となる音楽を奏でる仕事を任せることも出来るだろう。

 同じような理由で役者というものも考えたが、さすがにゴブリンとオークの劇団はあまり見たくないかもしれない……あいつら男ばかりだし。


 そんな事をただ延々と考えていて、あるときふと気づく。


「そうか、俺が考えなくていいんだ」

 俺がすべてを決めなくても、ただ住む場所と食料を用意して、ゴブリンとオークを受け入れてやればよかったのである。

 そうすれば、奴らの中で勝手に料理屋をやったり楽師になったりと役割分担ができて社会が動き出すのだ。

 ……我ながら、いったい何を思い違いしていたのやら。


 あとは、ランペールやケットシーがオークやゴブリンを雇用するようにしむければいい。

 ざっくりした方向性が決まれば、あとは早かった。


「建築担当の精霊たちを集めて、オークやゴブリンの住む家を建ててくれ。 あと、ムスタキッサ!」

「あい。 何でございましょう?」

「お前の手がけている仕事で、オークやゴブリンたちに任せられる仕事を用意してくれ。

 あと、隣町にいるゴブリンたちに使いを出して、明日にでも引っ越してこいと伝えろ」

「了解でございますニャ」

 かくして、ついにこの領地にまともな住人が生まれ始めたのである。



「……というわけで、お前ら何か得意なことがあったら俺に報告しろ」

「はぁ、得意な事ですかい」

「そうだ。 俺としては、何か楽器が出来る奴がいたらありがたい」

「楽器ねぇ……俺たちが扱うのは、せいぜい太鼓と横笛ぐらいですぜ? しかも、酒盛りの余興程度のものでさぁ」

「ほう? 面白そうだな」

 ちらりと視線をめぐらせると、何人かが粗末な横笛を取り出し、オークが平手で地面をリズミカルに叩き出した。


 ほう、あまりなじみの無い音楽だな。

 手拍子中心で、横笛のほうはほとんど飾りのような感じか。

 今まで触れようとも思ってなかったが、ゴブリンやオークたちの音楽文化というのもなかなか興味深いな。


 やがて興が乗ってきたゴブリンが、足でリズムを取りつつ踊りだすと、どっと喝采が沸き起こる。

 横笛の単純なメロディーにあわせ、ゴブリンたちは低い声が大地のうねりのように同じ歌詞を何度も唱和した。

 彼らの音楽は、たしかに粗野であり、変化や構成というものをまったく意識していない、実に単純で単調なものである。

 だが、そこに触れ続けていると、なぜかとても心地よいのだ。


 ふと、隣からへたくそなリズムが聞こえてきたかと思うと、エディスが目を閉じて気持ちよさそうに踊っている。

 なるほど。 単純だからこそ、誰でもすぐに参加できるという利点もあるのか。


 目を閉じて気持ちよさそうに音楽を楽しんでいたアーロンさんが、俺の視線に気づくと、親指を立てて微笑んだ。

 どうやら精霊たちにとっても十分な食事になるらしい。

 これは思いがけない掘り出し物だ。


 やがて興味をひかれてやってきたケットシーたちから、おひねりと酒が振舞われると、ゴブリンとオークはよりいっそう陽気に騒ぎ出す。

 そして気がつくといつの間にか誰かが料理を作り始め、周囲には美味そうな匂いが漂っていた。

 どうやらゴブリンたちの中に何人か料理の得意な奴らがいるらしい。


「ムスタキッサ、この場の食事と酒の料金は俺が出す。

 引越し祝いだと思ってくれ」

「かしこまりましたですニャ」

 俺に深々と頭を下げると、身長2mの黒い毛玉は大きく息を吸い込んだ。

 そしてその巨大に見合うだけの大声で、周囲のものに向かって叫んだのである。


「おい、お前ら! 興の酒と料理は新たなる住人の歓迎として代官様のおごりだそうだニャ!

 存分に楽しめ!!」

 一瞬音楽と踊りが止まった後、全員の口から大きな歓声がほとばしった。


 かくして、この領地は本格的に動き出したのである。

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