第5話

「ねぇ、見て見てクラエス! これ、おもしろーい!」

 悪魔のクローバーオイルを瓶詰めにして塩の中に封印した翌日、日課である運動を終えて執筆活動に取り組んでいた俺の元へ、エディスがまた奇妙なものを持ち込んできた。


「……今度は何をもってきた? 交尾中のトンボか? それとも変な形の石か?」

「はい、これ!」

「お、お前……これは!?」

 差し出されたのは、親指の爪ぐらいの大きさをした歪な球状の物体である。

 しかも、俺の愛用の鞄の中が一杯になる量だ。


「……植物の種か」

 形からすると薔薇の種の一種にも思えるが、かなり大きい。


「これをね、こうやってつぶすと……」

「ん? なんかぬるっと固まりが出てきたぞ」

「ね。面白いでしょ?」

「さっぱりわからん」

 世の中には、毛穴の中に詰まった角栓を取り出すのが楽しいという輩がそれなりにいるらしいが、それに似たような楽しみを見出しているのだろう。

 

「しかし、いったい何の種だ?」

 なんとなく気になって先日作った図鑑をめくると、どうやらこれはこの地で変質したノバラの種らしい。

 第二種魔法植物ではあるが、姿が大きく変わっており、第一種魔法植物に変わりかけであると思われると記されている。


「なるほど、実には油分が多くて食用油の採取が期待できると書いてあるな。

 どんなものか、いちど試して見るか」

「なんか、楽しそうだね、クラエス!」

「……これは仕事だ。 面白がって変なことはするなよ」

 面白がってついてくるエディスに釘をさしつつ、俺は精油を作っている工房に足を伸ばすと、そこで働いている精霊たちの力を借りることにした。

 ここではもともとこの手の植物から油を絞る圧搾の設備があるからだ。


「すまないが、この種から油をとりたい。

 つぶしてから絞って、布で漉しとってみてくれないか?」

 エディスの持ち込んだ種を鞄ごと差し出すと、それを受け取る代わりに大きな瓶がひとつ宙を舞って俺の前に差し出された。

 中には乳白色をした固形物が入っている。


「もしかして、これがこの種から取れる油なのか?」

「そうみたいだよぉー」

 精霊の言葉は聞こえないので、エディスが代理として俺に告げる。

 なるほど、すでにこの領地に生えている植物はすべて網羅したあとだ。

 油分の多いこの植物を彼らが見逃すはずも無い。


「思ったより硬いな」

 瓶から取り出して中身を触ってみると、感触は樹脂の塊のような感じである。

 指で叩くと、コンコンと小気味良い音がした。


 椅子に座って検証をしていると、いつの間にか分析結果と解析結果を記した書類が机の上に置かれている。

 なんとも手回しの良いことだ。


「……なるほど、常温で固形化し、人肌程度の温度で溶ける。

 その魔力は微弱な外傷治癒効果。

 しかも食用可能だが、味はほとんど無いということか。

 食品の固形剤としての利用が考えられるな。

 だが、これを使った商品はたぶんすぐには売れんだろう」

 人はあまりにも目新しい物を目にすると、それが食べ物だと教えても恐怖を感じる生き物である。


「こいつでカ・カーオを固形化して携帯食にすれば、軍が採用してくれるかもしれんし、アンナに手紙で相談してみよう」

 軍の携帯食ならば見た目で拒絶されることもないだろうし、定着すればそれ以外にも売れるようになる。


「さて、この油のほかの使い道だが……燃料にするには色々と惜しいな」

 ランプに使うような油は、それこそ食肉加工の副産物である獣油で十分である。

 そうでなくとも、魔力を帯びた貴重な聖油をただの灯りに使うのは金をどぶに捨てるようなものだ。

 例外があるとすれば、宗教儀式に使うぐらいだろうが、そこにどれだけの需要があるかはよくわからない。


「……となると、あとは石鹸か」

 外傷治癒効の魔力もあるようだし、肌の手入れに関してはいくらでも需要はある。


「だが、そうなると……ほしくなるのが苛性ソーダだな」

 苛性ソーダとは錬金術師が作り出す劇薬で、塩水から作ると聞いている。

 水の精霊に頼めば塩と水から作成可能だが、塩をどこから調達するかが悩みどころであった。

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